槍とカチューシャ(1~50)
第27話『詫びの品』
叩いたといっても、相手の背が高すぎて指が当たるくらいだった。けれど、やったことに変わりはない。
「あの、これは、えっと」
騎士団の団長さんを叩いたということは、たぶんかなり良くない。罪人になってしまうかもしれない。不安に思っていたら、団長さんはにやっと暗く笑った。
「“叩いたな”」
「えっと、これは……」まずい。いい言い訳が浮かばない。
「“証人がふたりもいる”」
夏希と世話係の人を差しているに違いない。
「“悪いと思うか?”」
「お、思います」手を出すのはまずかったと反省している。
「“それなら、贈ったものは受け取れ”」
「それとこれとは」
「“城にいる限り、俺と顔を合わせないでいることは不可能。贈り物はやめない。何より、ナツも喜んでいることだしな”」
「喜んでないでしょ」
「“いや、喜んでいる”」
夏希の表情を見ると、困ったように苦笑した。どう見ても喜んではいないけれど、上司には逆らえないのだろう。
「とにかく、わたしに贈り物は不要です」
「“贈る”」
「いらないって」
「“それでも贈る”」
「いらないから!」
何度か、同じやり取りを繰り返しても、団長さんは折れなかった。さすが、騎士団を率いているだけある。意志は揺るがないらしい。でも、わたしだって負けたくなかった。
「本当にいりません!」
しかし、次の「贈る」はなかった。団長さんが広い肩を落としている。
「“そこまで嫌なのか”」
「はい」
「“悪かった”」
「え?」
「“もう無理強いはしない。やはり、ここは持久戦に持ちこむか”」
言っている意味がよくわからないのだけれど、とりあえずはわかってくれたらしい。
「あの、わかってくれたらいいんです。叩いてごめんなさい」
「“いや、わざわざすまなかったな”」
お互いに謝れて、満足だ。意外と団長さんって話のわかる人だ。今までのセクハラを忘れてあげてもいいかもしれない。わたしはにこやかに意気揚々と団長室を後にしたのだ。
だけど、そんなやりとりがあった翌日、夏希が待ち構えていた。
「また来たの?」
「団長がこれをあなたにと」
オレンジのリボンで飾られたバスケット。焼き菓子が並べられた隅で、紙が差しこまれていた。ふたつ折りにされた紙にはこちらの文字が並んでいた。嫌な予感がする。
「夏希くん、これを読んでくれる?」
「ええ、わかりました」
夏希はわたしから紙を受け取ると、読み始めた。
「“悪かった。これはせめてもの詫びの品だ。嫌ならば受け取らずともよい。だが、受け取らない場合にはナツに廃棄するように命令してある”」
廃棄。つまり、わたしが受け取らなければ、このバスケットを捨ててしまうということだ。
団長さんは大分、汚い手を使ってくる。捨てるならもらっておいたほうがいいと思う人間の心理を利用しているのだ。あの団長さんに負けるのは嫌だけれど、廃棄はもったいないし、処理には困らないお菓子だ。わたしは仕方なくバスケットを受け取った。
だけど、これだけは言っておきたい。
「夏希くん、団長さんに伝えてくれる? 『贈り物ありがとう。でも、大っ嫌い』って」
それが今の団長さんへの気持ちだ。
叩いたといっても、相手の背が高すぎて指が当たるくらいだった。けれど、やったことに変わりはない。
「あの、これは、えっと」
騎士団の団長さんを叩いたということは、たぶんかなり良くない。罪人になってしまうかもしれない。不安に思っていたら、団長さんはにやっと暗く笑った。
「“叩いたな”」
「えっと、これは……」まずい。いい言い訳が浮かばない。
「“証人がふたりもいる”」
夏希と世話係の人を差しているに違いない。
「“悪いと思うか?”」
「お、思います」手を出すのはまずかったと反省している。
「“それなら、贈ったものは受け取れ”」
「それとこれとは」
「“城にいる限り、俺と顔を合わせないでいることは不可能。贈り物はやめない。何より、ナツも喜んでいることだしな”」
「喜んでないでしょ」
「“いや、喜んでいる”」
夏希の表情を見ると、困ったように苦笑した。どう見ても喜んではいないけれど、上司には逆らえないのだろう。
「とにかく、わたしに贈り物は不要です」
「“贈る”」
「いらないって」
「“それでも贈る”」
「いらないから!」
何度か、同じやり取りを繰り返しても、団長さんは折れなかった。さすが、騎士団を率いているだけある。意志は揺るがないらしい。でも、わたしだって負けたくなかった。
「本当にいりません!」
しかし、次の「贈る」はなかった。団長さんが広い肩を落としている。
「“そこまで嫌なのか”」
「はい」
「“悪かった”」
「え?」
「“もう無理強いはしない。やはり、ここは持久戦に持ちこむか”」
言っている意味がよくわからないのだけれど、とりあえずはわかってくれたらしい。
「あの、わかってくれたらいいんです。叩いてごめんなさい」
「“いや、わざわざすまなかったな”」
お互いに謝れて、満足だ。意外と団長さんって話のわかる人だ。今までのセクハラを忘れてあげてもいいかもしれない。わたしはにこやかに意気揚々と団長室を後にしたのだ。
だけど、そんなやりとりがあった翌日、夏希が待ち構えていた。
「また来たの?」
「団長がこれをあなたにと」
オレンジのリボンで飾られたバスケット。焼き菓子が並べられた隅で、紙が差しこまれていた。ふたつ折りにされた紙にはこちらの文字が並んでいた。嫌な予感がする。
「夏希くん、これを読んでくれる?」
「ええ、わかりました」
夏希はわたしから紙を受け取ると、読み始めた。
「“悪かった。これはせめてもの詫びの品だ。嫌ならば受け取らずともよい。だが、受け取らない場合にはナツに廃棄するように命令してある”」
廃棄。つまり、わたしが受け取らなければ、このバスケットを捨ててしまうということだ。
団長さんは大分、汚い手を使ってくる。捨てるならもらっておいたほうがいいと思う人間の心理を利用しているのだ。あの団長さんに負けるのは嫌だけれど、廃棄はもったいないし、処理には困らないお菓子だ。わたしは仕方なくバスケットを受け取った。
だけど、これだけは言っておきたい。
「夏希くん、団長さんに伝えてくれる? 『贈り物ありがとう。でも、大っ嫌い』って」
それが今の団長さんへの気持ちだ。