槍とカチューシャ(1~50)
第23話『贈り物』
頭が岩のようにずっしりと重い。今日学んだ単語が頭上からのしかかってきている気がする。夢にまで出てきそうだ。
お昼以外は机にしがみついていたけれど、異世界に来てもわたしの能力はさほど変わらないようだった。つまりは人並み以下である。物覚えが悪くて、本当にマリー先生には申し訳なく思う。
何とか今日の授業を終えて、食堂への道のりをひたすら歩く。その先で見覚えのある姿が前方からやってきた。騎士団の服を着ているから、そっちの仕事なのかもしれない。
「夏希くん、こんにちは」
「あ、マキさん、どうも」
やっぱり敬語である。いまだに年上だと信じられているらしい。わたしは罪悪感から来る苦笑を堪えつつ、夏希の青い瞳と目線を合わせた。
「マリー先生に用でもあるの?」
この通路は一方通行で、目的地はわたしが授業を受けていた部屋しかない。マリー先生に用かなと思っていたら、夏希は首を横に振る。
「いえ、あなたに用があるんです」
「わたし?」
「これを渡しに来ました」
夏希が掲げたのは小振りのバスケットだった。持ち手をピンクのリボンで飾りつけたバスケットのなかには、クッキーのような焼き菓子が詰められていた。お城に来てから焼き菓子とか久しぶりに見た気がする。わたしが好きなチョコチップクッキーとか、こちらの世界でもあるらしい。
「もらっていいの?」
「ええ、どうか受け取ってください」
何か切実だなあと思う。まあ、頂いたものだから受けとるけれど。
「みんなにあげたら喜びそう」
「いえ、できれば、マキさんおひとりで召し上がってください」
「えー、何で?」
「これは団長があなたにと」
「団長さんから?」
もうずいぶん顔を合わせていない団長さん。だから、顔を思い出すのに時間がかかった。
でも、団長さんから贈り物なんて、どうして? 誕生日でもないし。もちろん、記念日に贈り物をされるような間柄でもない。団長さんとは恋人同士でもないのだし、わけがわからない。長いため息がこぼれた。
「ねえ、夏希くん。団長さんって女の人にモテるよね」
「ええ、そうなんです! 顔は恐いですが、寡黙な姿は他国の女性からも人気があります」
夏希は熱を帯びた声で、わたしに語る。そこまで必死にならなくてもこちらには十分、伝わっている。なるほど、団長さんが女の人に人気があるのはよくわかった。
こうやって優しくすれば、どれだけ警戒する女の人でも勘違いさせてしまうと思う。わたしだって贈り物ひとつで、バカみたいな勘違いはしたくない。
「団長さんに言ってくれる? 意味はわからないけど、一応、ありがとうって」
「団長はあなたを喜ばせようと」
「何で喜ばせようとするの? 恋人でも家族でもないのに」
「そ、それは」
「ちゃんと、伝えといてね」
言い逃げして、わたしはその場から離れようとした。
「あの! 団長は」
「もういいって。じゃあね」
本当に団長さんの話はもうお腹いっぱいだった。実際のお腹はめちゃくちゃ空いていたし、食堂行きたい。夏希を振り切って、今度こそその場から離れた。
団長さんの気持ちは闇のなかだけれど、結局、チョコチップクッキーはみんなと美味しくいただいた。
頭が岩のようにずっしりと重い。今日学んだ単語が頭上からのしかかってきている気がする。夢にまで出てきそうだ。
お昼以外は机にしがみついていたけれど、異世界に来てもわたしの能力はさほど変わらないようだった。つまりは人並み以下である。物覚えが悪くて、本当にマリー先生には申し訳なく思う。
何とか今日の授業を終えて、食堂への道のりをひたすら歩く。その先で見覚えのある姿が前方からやってきた。騎士団の服を着ているから、そっちの仕事なのかもしれない。
「夏希くん、こんにちは」
「あ、マキさん、どうも」
やっぱり敬語である。いまだに年上だと信じられているらしい。わたしは罪悪感から来る苦笑を堪えつつ、夏希の青い瞳と目線を合わせた。
「マリー先生に用でもあるの?」
この通路は一方通行で、目的地はわたしが授業を受けていた部屋しかない。マリー先生に用かなと思っていたら、夏希は首を横に振る。
「いえ、あなたに用があるんです」
「わたし?」
「これを渡しに来ました」
夏希が掲げたのは小振りのバスケットだった。持ち手をピンクのリボンで飾りつけたバスケットのなかには、クッキーのような焼き菓子が詰められていた。お城に来てから焼き菓子とか久しぶりに見た気がする。わたしが好きなチョコチップクッキーとか、こちらの世界でもあるらしい。
「もらっていいの?」
「ええ、どうか受け取ってください」
何か切実だなあと思う。まあ、頂いたものだから受けとるけれど。
「みんなにあげたら喜びそう」
「いえ、できれば、マキさんおひとりで召し上がってください」
「えー、何で?」
「これは団長があなたにと」
「団長さんから?」
もうずいぶん顔を合わせていない団長さん。だから、顔を思い出すのに時間がかかった。
でも、団長さんから贈り物なんて、どうして? 誕生日でもないし。もちろん、記念日に贈り物をされるような間柄でもない。団長さんとは恋人同士でもないのだし、わけがわからない。長いため息がこぼれた。
「ねえ、夏希くん。団長さんって女の人にモテるよね」
「ええ、そうなんです! 顔は恐いですが、寡黙な姿は他国の女性からも人気があります」
夏希は熱を帯びた声で、わたしに語る。そこまで必死にならなくてもこちらには十分、伝わっている。なるほど、団長さんが女の人に人気があるのはよくわかった。
こうやって優しくすれば、どれだけ警戒する女の人でも勘違いさせてしまうと思う。わたしだって贈り物ひとつで、バカみたいな勘違いはしたくない。
「団長さんに言ってくれる? 意味はわからないけど、一応、ありがとうって」
「団長はあなたを喜ばせようと」
「何で喜ばせようとするの? 恋人でも家族でもないのに」
「そ、それは」
「ちゃんと、伝えといてね」
言い逃げして、わたしはその場から離れようとした。
「あの! 団長は」
「もういいって。じゃあね」
本当に団長さんの話はもうお腹いっぱいだった。実際のお腹はめちゃくちゃ空いていたし、食堂行きたい。夏希を振り切って、今度こそその場から離れた。
団長さんの気持ちは闇のなかだけれど、結局、チョコチップクッキーはみんなと美味しくいただいた。