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槍とカチューシャ(1~50)

第22話『異世界での生活』

 異世界での生活がスタートして7日目の朝。カーテンを左右に開くと、あたたかな光に包まれる。

 ベッドから大きくはみ出したフィナを揺り起こしてから、メイドさんが洗濯してくれた服に着替える。真っ白なシャツに袖を通して、青いプリーツスカートを腰まで引き上げる。ベストのボタンを3つかけているうちに、フィナも完全に目を開けて、大きなあくびを手で隠していた。

「おはよ、フィナ」

「おはよう、マキ」

 あいさつは1日目に習った言葉だ。後は別れの言葉とか、感謝の言葉とか。7日経った今では簡単な言葉くらいは交わせる。

 フィナがベッドから落とした布団をあるべき場所に戻してやる。そうすると、「ありがと」と彼女ははにかんでくれた。

「いいって」

 フィナはやっぱり寝相が悪く、布団を蹴飛ばしてしまうことがよくある。どんな動きをしたらそんなことになるのか、わたしにはさっぱりわからないけれど、起きたらそうなっているのだ。

 ウェーブのかかった金色の髪が寝癖で飛び跳ねると、いつもリボンでひとくくりにしていた。たったそれだけでもおしゃれな感じが出せるのだから、美女はお得だ。本日もフィナは手慣れたようすでリボンでくくる。

 ちょっと裾が長めのプリーツスカートも彼女の清楚な雰囲気に似合っている。本当にうらやましい。同じ格好をしているはずなのにこうも違うのか。

「マキ?」

 いけない。落ちこむところだった。「大丈夫、問題ない」と首を左右に振って、無理やり気分を晴らした。

 今日も部屋を出て、お城の一角へと足を向ける。フィナと別れて、塔の最上階にある部屋まで歩けば、先生が待ち構えていた。

 言葉の勉強は、わたしを含めて異世界人はひとりひとり話す言葉が違うため、先生がそれぞれ違うのだ。わたしの場合はマリー先生だった。

 マリー先生は栗色のやわらかい髪の毛で、全体的にふっくらとした体型をしている。それでも眼鏡の奥は時折厳しく光った。

「ごきげんよう、マキさん」

「ご、ごきげんよう、マリー先生」

 この丁寧なあいさつだけはやめてほしいなあと思う。絶対、わたしには合わないし、ムズムズする。それでもマリー先生には逆らえない。団長さんほどのオーラみたいなものが漂っているのだ。

 お腹の前で手を組んで、わずかに頭をうつむかせる。これが目上の人への正式なあいさつだ。お姫様などはスカートの裾を軽く掴んで可愛らしいあいさつをするらしいけれど、庶民のわたしには関係なかったりする。

「それでははじめましょうか」

 本日も厳しいマリー先生による授業がはじまった。
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Clap