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槍とカチューシャ(1~50)

第20話『団長とメイド』

 団長さんに引っ張られながらお城の通路を歩く。高い位置にある窓が暗くなっていて、どうりで燭台の灯りが眩しく見えるわけだ。団長さんのバカでかい影とわたしの影が続いていく。まるで迷子を連れ歩いているみたいに見えるからおかしい。

 団長さんはある扉の前で足を止めた。この両開き仕様の扉の先が食堂だと見当がついた。

「あの、もう案内はいらないと思いますけど」

 それに早く手を離してほしい。腕を上げて「ほら、これ」とアピールしてみると、団長さんは目だけでこちらをにらんできた。ちょっと怖いその顔は、髭がなくても威圧感はちっとも衰えていないのだ。

「アイミ」

 その呼び方はあまり好きじゃない。意地でも返事をしないでいたら、「アイミ」としつこく呼んでくる。返事をするまでずっと呼び続ける気なのかもしれない。それは嫌だ。

「はい、何でしょうか」

 顔を向けないでそう言ったら、頬を握りつぶすかの勢いでわたしの顔を掴んだ。そして、団長さんと目線が合うように無理矢理持ち上げられる。

 頬がつぶされてしまっては声が出せない。むーっとうなっていたら、彼は人を殺しかねない恐ろしい笑みを向けた。ここは小動物のように怯えておくところかもしれない。でも、切り目のなかにのぞく緑色の瞳の中はなかなか綺麗だった。

 そこだけをぼーっと見ていたら、団長さんは眉間にしわを集中させていく。こんなに力を入れて、よっぽど不機嫌なのだろう。腕は解放されたけれど、タコチューで上を向きっぱなしの首がかなり痛い。

「アイミ」

 何か、顔が近いというか。息がかかってくすぐったいというか。特に団長さんの鼻息がかなり荒い。鼻先がぶつかりそうで思わず目をつむったら、扉の開く音がした。誰かがやってきたのだ。

 「ジル」と低い団長さんの声がする。扉を開いたのはジルさんだったらしい。頬を掴む強い手もすっかりなくなって、わたしとすれば助かった。

 痛む頬をさすりながら瞼を開くと、団長さんの横顔が見えた。ジルさんがすぐ近くにいて、団長さんに何か詰め寄っている。綺麗なかたちの眉をつり上げているから怒っているみたいだ。

 あの団長さんが叱られている。しかも、ジルさん相手に反論もできないなんて、このふたりの関係性って何だろう。もしかして、過去にややこしい関係になったとか。ふたりとも綺麗な顔をしていて、観賞するにはとてもいい。

 わたしがふたりのやりとりを眺めていると、「マキさん」と声がかけられた。団長さんのときにかけていた声よりも大分やわらかい。

「みなさん、中でお待ちです」

 早くフィナに会いたい。わたしは早々に団長さんの隣を離れて、ジルさんのもとに歩み寄る。

 なぜか、ジルさんは団長さんに向けて白い歯を見せた。それを受けた団長さんは歯を食いしばって耐えるような表情だ。このふたりは会話なんてなくてもコンタクトがとれるらしい。

「さあ、こちらへ」

 ジルさんが扉を開いてくれる。扉の先にはシャンデリアで明るく照らされた広々とした部屋があった。わたしは団長さんから背を向けて、1歩踏み出した。
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Clap