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槍とカチューシャ(1~50)

第2話『信じない』

 ――今度は何?

 そう身構えたわたしの前に現れたのは、大男だった。大男は顔中が髭だらけで黒髪だったけれど、切れ長の目には緑色の輝きがあって、やっぱり日本人じゃなかった。

 うなるような低い声が「ナツ」と呼ぶ。

「ジャック」

 夏希にジャックと呼ばれた大男は異国の言葉を話し出した。英語でも中国語でもない言葉をふたりは話している。わたしはどうすることもできずに、飛び交う言葉を聞き流すしかない。

 疎外感が半端なくて、つまらないなあと意識を別の場所にやっていたら、いきなり「マキさん」と声がかかった。

「は、はい?」

「旦那様がマキさんをお呼びとのことです」

「えっ?」

 大男ジャックの筋肉質な手によって鉄格子の扉が開かれる。ジャックの表情はまったく変わらないけれど、「扉から出ろ」と言われているみたい。

「ちょっと、待って! 旦那様って何?」

 夏希は眉根を寄せてさびしげにほほえむ。

「旦那様は僕らの主です。僕らのような異世界人はこの世界では階級がありません。つまり、生きていくには奴隷として、はいつくばうしかないのです」

「奴隷? はいつくばう?」

 わたしは異世界人というより、日本人だ。とりあえず、仕事もあったし、お先真っ暗でも何とか食いつないで生きてきた。この世に生まれてから地獄でしかないのもわかっていたし、どうにか窒息死しないように不平不満を垂れ流しながら生きてこれた。たったそれだけがわたしの自慢だった。

 だけど、異世界人って何? 奴隷って何なの? まだ、あの冗談の延長なのか、本当にイラつく。

「あのね、そういう冗談はいらないから」

「冗談だったらどんなにいいかしれません」

 夏希は真っ直ぐな目でわたしを見る。こちらの息が詰まりそうになるくらいその顔は真剣すぎた。うっかり夏希の言葉を信じそうになるけれど、危ない。

「わたしは信じないから」

「マキさん」

 夏希の声が沈んでいるように聞こえるけれど、無視だ。旦那様だか何だか知らないし、わたしはここから動く気はない。

「どうしても信じてはくれないのですね」

 夏希はジャックに目配せする。ふたりのアイコンタクトに嫌な予感がうずまくのは、何でだろう。黙っていたジャックが鉄格子の扉を越えて、わたしに近づいてくる。戸惑うけれど、夏希はわたしと目を合わせてくれない。

「な、何?」

 屈強な指が強くわたしの二の腕を掴む。

「ちょっと、やめて!」

 ジャックが強引に鉄格子の扉の向こうへ連れていこうとする。やめてと言っているのに、力が違いすぎる。まったく抵抗が抵抗にならないのだ。

 嫌だと言ってもジャックは聞いてくれない。夏希も見て見ぬふり。鉄格子に手をかけて、出まいと足を踏ん張るけれど、無理だ。しびれた指が格子から滑ってしまう。ジャックの力に負けて足がバランスを崩す。その勢いのまま、鉄格子の向こう側に連れていかれてしまった。
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Clap