槍とカチューシャ(1~50)
第19話『手と手』
確かに取ったはずだ。しかし、わたしの手首をがっしりと掴んでいるのはゴツゴツとした男らしい手だった。剣や槍を軽々と掲げられそうなたくましい腕の持ち主は、わざわざ顔を確かめなくてもわかる。
団長さんは何でわたしの邪魔をするのだろう。アーヴィングさんとわたし、いい感じだったのは見ていただろうに。異世界のお偉い地位の人だとしても、空気を読めよと思う。
意思とは関係なく、上に引っ張られて椅子から立たされる。まるで、駄々をこねた子どもを無理矢理立たせるみたいな扱いに気分が悪い。むくれていると、「アイミ」と呼ばれた。
どうやら団長さんは一異世界人の名前を覚えてくれたらしい。しかも、わたしが好きじゃない名前の方で呼んでくれた。気安く呼ぶなと内心で思いながらも、「はい」と応えてみた。呼ばれた以上は返事をするのが礼儀である。
低い声がうなりはじめたので、仕方なく意識を耳に集中させた。うなり声のあとに夏希の男にしては高い声が続いた。
「“男にたやすく手を取らせるのはふしだらだ”とおっしゃっています」
「はっ?」
「ふしだら」って。人の尻を触った男が放つ言葉だと思えない。というか、団長さんはわたしの親でも保護者でもないのだから、大きなお世話だと思う。団長さんが黙らないため、夏希の言葉は続く。
「“わかったら、男に近づくな。特にこのアーヴィングは優柔不断で女ったらしで浮いた話も多く……”すみません、ここからは訳すのはためらわれます。下品なので」
夏希が自主規制するほどに下品らしい。団長さんはいまだに話を続けていたけれど、わたしとすれば、捕まれた手をどうにかしてほしかった。腕を左右に振ってみても、団長さんの手は離れないでついてくる。別に腕をぷらぷらさせたかったわけではないのにそうなってしまった。
団長さんは気づかしげな目で見下ろしたあと、わたしの腕を引いた。どこかへ行こうとしているらしい。
「離してください!」
言葉がわからなくたってこれだけ抵抗すればわかるだろう。しかし、団長さんは頑なに離さなかった。
「“食堂へ案内する”」
「いや、いいです。アーヴィングさんとか、夏希くんに案内してもらうんで!」
救いを求めて夏希に目を向けると、彼は青い瞳を細めて苦笑した。動き出さないところを見ると、わたしは見捨てられたらしい。大人しく団長さんに案内されろということか。
もしかしてと可能性を思ってアーヴィングさんに目を向けてみると、彼からは満面の笑みとともに小さく手を振られた。
騎士団のふたりは薄情だ。
確かに取ったはずだ。しかし、わたしの手首をがっしりと掴んでいるのはゴツゴツとした男らしい手だった。剣や槍を軽々と掲げられそうなたくましい腕の持ち主は、わざわざ顔を確かめなくてもわかる。
団長さんは何でわたしの邪魔をするのだろう。アーヴィングさんとわたし、いい感じだったのは見ていただろうに。異世界のお偉い地位の人だとしても、空気を読めよと思う。
意思とは関係なく、上に引っ張られて椅子から立たされる。まるで、駄々をこねた子どもを無理矢理立たせるみたいな扱いに気分が悪い。むくれていると、「アイミ」と呼ばれた。
どうやら団長さんは一異世界人の名前を覚えてくれたらしい。しかも、わたしが好きじゃない名前の方で呼んでくれた。気安く呼ぶなと内心で思いながらも、「はい」と応えてみた。呼ばれた以上は返事をするのが礼儀である。
低い声がうなりはじめたので、仕方なく意識を耳に集中させた。うなり声のあとに夏希の男にしては高い声が続いた。
「“男にたやすく手を取らせるのはふしだらだ”とおっしゃっています」
「はっ?」
「ふしだら」って。人の尻を触った男が放つ言葉だと思えない。というか、団長さんはわたしの親でも保護者でもないのだから、大きなお世話だと思う。団長さんが黙らないため、夏希の言葉は続く。
「“わかったら、男に近づくな。特にこのアーヴィングは優柔不断で女ったらしで浮いた話も多く……”すみません、ここからは訳すのはためらわれます。下品なので」
夏希が自主規制するほどに下品らしい。団長さんはいまだに話を続けていたけれど、わたしとすれば、捕まれた手をどうにかしてほしかった。腕を左右に振ってみても、団長さんの手は離れないでついてくる。別に腕をぷらぷらさせたかったわけではないのにそうなってしまった。
団長さんは気づかしげな目で見下ろしたあと、わたしの腕を引いた。どこかへ行こうとしているらしい。
「離してください!」
言葉がわからなくたってこれだけ抵抗すればわかるだろう。しかし、団長さんは頑なに離さなかった。
「“食堂へ案内する”」
「いや、いいです。アーヴィングさんとか、夏希くんに案内してもらうんで!」
救いを求めて夏希に目を向けると、彼は青い瞳を細めて苦笑した。動き出さないところを見ると、わたしは見捨てられたらしい。大人しく団長さんに案内されろということか。
もしかしてと可能性を思ってアーヴィングさんに目を向けてみると、彼からは満面の笑みとともに小さく手を振られた。
騎士団のふたりは薄情だ。