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槍とカチューシャ(1~50)

第14話『湯気のなかで』

 観光気分でやってきたここは、湯気とほのかな甘い香りが充満中の場所だ。温泉ではない。お城の大浴場だ。

 部屋の中央には台座に腰をかけた女性の像が設置されている。彼女の両手に流れたお湯が溜まると、指の間からこぼれ落ちていく。その先には底の浅い浴槽があり、槽の限界を越えて溢れ出たお湯が足元を濡らす。最後には、お湯が(無駄にならないように作られたらしい)溝を通っていった。

 立ち止まるわたしたちに向けて、ジルさんは何ヵ国語で話しかけてきた。

「皆様にはまず、お体を清めていただきます」

 なるほど、やっぱりそうなるのか。ここに来た目的はそうじゃないかなと思っていた。

 ジルさんが何やら命じると、エプロンドレスを身にまとった世話係の人たちが浴場の入り口から現れる。裾の長いエプロンドレスとシャツの袖をまくるスタイルなのは、お湯で濡れないためなのかもしれない。

 世話係の人たちはてきぱきと桶を浴槽に浸してお湯を溜めていく。その間、他の世話係の人はわたしたちの服に手をかけた。つまり、服を脱がしてやるということらしい。

 抵抗はした。でも、奴隷服の生地は少ないわけで、腰紐をゆるめてしまえば、裸になるのもあっという間だ。

 知らない人たちに裸をさらすのには抵抗があったけれど、世話係の人がその隙を与えてくれない。彼女たちは、さっさとお湯をかけはじめた。

 その後は丹念に髪の毛を洗ってもらい、布でごしごしと体中のアカをけずられた。おかげで腕がヒリヒリしている。アカすりでも強くこすりすぎだと思う。

 多少の不満はありつつも、久しぶりに体を洗えてすっきりした。後から油みたいなねっとりしたものを全身につけられた。触ってみると指に吸いつくみたいに肌の保湿には良さそうな気がする。とにかく香りも花のように甘くて、いつまでも嗅いでいられそうだった。

 奴隷服を脱ぎ捨てたわたしたちは大浴場を後にした。待っていたのは、全身鏡や椅子などが備わった部屋だった。首のないマネキンに着せられていたのは、白いブラウスとブルーのプリーツスカート。ベストにはお城でも見かけた紋章が装飾されている。

 ジルさんの指揮のもと、また新たな世話係の人たちが現れて、服を着せ始める。

 髪の毛はくしですかれた。肩ほどの長さの髪でも、お世話係の人は丁寧にすいてくれた。

 すべてを身につけて、全身鏡の前に立つ。そこには代わり映えのしないわたしの顔が写っていた。目がつり上がっていて生意気そうな顔。そういや、親戚のおばさんが「可愛いげがない」とよく言っていた。

 まあ、嫌いな人の前で器用にニコニコなんてできないから、その点に関しては仕方ない。ただし、愛想の足りないわたしに対して、「父親に似てる」と言われても、まったく実感がわかなかった。

 顔も知らない親を知る人はもういない。この顔が誰かに似ているということもないのだろう。それが嬉しい気もするのに淋しくもある。

 複雑な気分で、とりあえず、鏡の前のわたしに笑いかけた。そうしたら、唇の端が引きつっただけだった。やっぱり、わたしには綺麗に笑えない。見ているのが耐えられなくて、鏡から体ごとそらした。
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Clap