番外編
お菓子祭り
この世界にはバレンタインという名の行事もクリスマスもない。仮装するようなハロウィンもない。
でも、それら――ハロウィンはのぞく――を足したようなお祭りはあった。お菓子祭りという、家族や恋人に手作りのお菓子を渡し合うお祭り。もともと、親のいない子たちにお菓子を配る目的だったようだ。
お菓子を提供する家には飾りつけがされ、どこの子でもわけへだてなく食べていいとされた。
けれど、いつしか、その境目はなくなった。親でも子でも老人でも、独身、既婚者でも。みんなで楽しもうというお祭りになったのだという――夏希調べ。
というわけで、わたしも風習通りにお菓子を用意した。ジルさんとフィナの協力のもと、クッキーのような平たいお菓子を作った。
紅茶風味のクッキー。ふたりのお茶会の時によく飲んでいた紅茶だ。ジェラールさんは紅茶が好きなので、喜んでくれたら嬉しい。
そういえば、結婚する前は、ジェラールさんから良く贈り物をもらっていた。
指輪をもらったときは、驚きと怒りで、団長室に乗りこんだっけ。平手打ちもした。やたらと威勢が良かった、あの時の自分が懐かしい。
今や、団長婦人として、コルセットとドレスでぎゅうぎゅうに締めつけられている。もう、あんな威勢のいいことはできそうにない。お茶会やら舞踏会やら……気苦労が多いし。ジェラールさんへの不満はないわけでもないし。
でも、それ以上に、後悔はしてない。結婚して良かった。それだけはきっぱりと言える。
だから、こんなお菓子まで用意して、しまりのない喜ぶ顔まで想像して、帰りを待っているのだ。
そんなジェラールさんは、帰ってくるなり、ソファーにくつろいだ。その間にわたしの腰を触るなどセクハラも仕掛けてくる。キスされると長くなるから、立ち上がって回避した。
「なぜ、逃げる?」
「逃げてなんていません」
「いや、逃げている。妻から逃げられるこの気持ちがわかるか?」
正直、あまりわからない。でも、すねさせておくのは可哀想だとは思うから、お菓子が入ったバスケットを押しつけてやった。
そして、一気にまくし立てる。返品は認めない。文句も受け付けない。これだけ柄にもないことをやっているのだから、わたしの顔が赤くなったりしていてもいちいち聞いてこないで。それも付け加えた。
ジェラールさんはバスケットの持ち手を握り締めたまま、固まっていた。あの騎士団団長が、間抜けにも目と口を開いている。どうしちゃったんだろう。
「ジェラールさん?」
首を傾げて、声をかけると、ジェラールさんは素早くバスケットをテーブルに置いた。そして、わたしを腕で抱きこんだ。あまりにも素早くてこちらの思考が追いついていない。だから、拒めなかった。背中に手を回したのも、混乱のせいだったことにしよう。
ジェラールさんが深呼吸した。くっついた体から、お腹がふくらむのがわかったくらいだ。どれだけ時間をかけて、何を言うかと思ったら、
「ありがとう」なんて。
よーく考えれば、ジェラールさんに手作りの贈り物をしたのははじめてだった。まさか、ここまでしまりのない顔になるとは。騎士団の人たちに見せてあげたい。全然、強面じゃないですよと。
「食べてくれますか?」
「当たり前だ。残さず、食う。ただ、もったいないから1日1枚、食っていく」
「それだと、10日かかりますね」
もう少し多く作ってあげれば良かったかもしれない。でも、夏希やフィナにもあげたかったから、しょうがないのだ。ちなみに、配分的には、ジェラールさんが一番多い。それだけは断っておく。
「アイミ」
しかし、ジェラールさんの手がだんだん、怪しくなってきた。腰を触っている。背中がすうすうしてきた。いつの間に、ドレスの背が開き、コルセットの紐が緩まされたのだろう。
「ちょっと、待って」夕食もまだなのに。
「待てない」
「お菓子、食べて」
「後でいただく」
もう、無理だった。本気になったジェラールさんを止める手段はない。あーあ、明日起きるのが辛いのが、目に見えてわかる。だけど、まあ、「アイミ、大丈夫か?」と世話を焼かれるのはちょっと、嬉しかったりしないでもない。
肩があらわにされる。背中をはい回る太い指の感触に声がもれた。このまま男のいいようにされるのが悔しい。
だから、わたしは自分から太い首にしがみついて、唇に噛みついてやった。わたしからキスするのも、はじめてだ。今日ははじめてのことばかりしたい。色んなことをしたい。ジェラールさんと。
それがジェラールさんに火をつけたらしく、予想通り、翌日のわたしはベッドの上で過ごした。
でも、起きたときに、ベッドのサイドテーブルに紙が残されていた。
書かれていたメッセージは、「うまかった」とだけ。
昔を思い出して嬉しくなったなんてことは、団長さんを喜ばせるだけなので、絶対に言わないでおく。
おわり
この世界にはバレンタインという名の行事もクリスマスもない。仮装するようなハロウィンもない。
でも、それら――ハロウィンはのぞく――を足したようなお祭りはあった。お菓子祭りという、家族や恋人に手作りのお菓子を渡し合うお祭り。もともと、親のいない子たちにお菓子を配る目的だったようだ。
お菓子を提供する家には飾りつけがされ、どこの子でもわけへだてなく食べていいとされた。
けれど、いつしか、その境目はなくなった。親でも子でも老人でも、独身、既婚者でも。みんなで楽しもうというお祭りになったのだという――夏希調べ。
というわけで、わたしも風習通りにお菓子を用意した。ジルさんとフィナの協力のもと、クッキーのような平たいお菓子を作った。
紅茶風味のクッキー。ふたりのお茶会の時によく飲んでいた紅茶だ。ジェラールさんは紅茶が好きなので、喜んでくれたら嬉しい。
そういえば、結婚する前は、ジェラールさんから良く贈り物をもらっていた。
指輪をもらったときは、驚きと怒りで、団長室に乗りこんだっけ。平手打ちもした。やたらと威勢が良かった、あの時の自分が懐かしい。
今や、団長婦人として、コルセットとドレスでぎゅうぎゅうに締めつけられている。もう、あんな威勢のいいことはできそうにない。お茶会やら舞踏会やら……気苦労が多いし。ジェラールさんへの不満はないわけでもないし。
でも、それ以上に、後悔はしてない。結婚して良かった。それだけはきっぱりと言える。
だから、こんなお菓子まで用意して、しまりのない喜ぶ顔まで想像して、帰りを待っているのだ。
そんなジェラールさんは、帰ってくるなり、ソファーにくつろいだ。その間にわたしの腰を触るなどセクハラも仕掛けてくる。キスされると長くなるから、立ち上がって回避した。
「なぜ、逃げる?」
「逃げてなんていません」
「いや、逃げている。妻から逃げられるこの気持ちがわかるか?」
正直、あまりわからない。でも、すねさせておくのは可哀想だとは思うから、お菓子が入ったバスケットを押しつけてやった。
そして、一気にまくし立てる。返品は認めない。文句も受け付けない。これだけ柄にもないことをやっているのだから、わたしの顔が赤くなったりしていてもいちいち聞いてこないで。それも付け加えた。
ジェラールさんはバスケットの持ち手を握り締めたまま、固まっていた。あの騎士団団長が、間抜けにも目と口を開いている。どうしちゃったんだろう。
「ジェラールさん?」
首を傾げて、声をかけると、ジェラールさんは素早くバスケットをテーブルに置いた。そして、わたしを腕で抱きこんだ。あまりにも素早くてこちらの思考が追いついていない。だから、拒めなかった。背中に手を回したのも、混乱のせいだったことにしよう。
ジェラールさんが深呼吸した。くっついた体から、お腹がふくらむのがわかったくらいだ。どれだけ時間をかけて、何を言うかと思ったら、
「ありがとう」なんて。
よーく考えれば、ジェラールさんに手作りの贈り物をしたのははじめてだった。まさか、ここまでしまりのない顔になるとは。騎士団の人たちに見せてあげたい。全然、強面じゃないですよと。
「食べてくれますか?」
「当たり前だ。残さず、食う。ただ、もったいないから1日1枚、食っていく」
「それだと、10日かかりますね」
もう少し多く作ってあげれば良かったかもしれない。でも、夏希やフィナにもあげたかったから、しょうがないのだ。ちなみに、配分的には、ジェラールさんが一番多い。それだけは断っておく。
「アイミ」
しかし、ジェラールさんの手がだんだん、怪しくなってきた。腰を触っている。背中がすうすうしてきた。いつの間に、ドレスの背が開き、コルセットの紐が緩まされたのだろう。
「ちょっと、待って」夕食もまだなのに。
「待てない」
「お菓子、食べて」
「後でいただく」
もう、無理だった。本気になったジェラールさんを止める手段はない。あーあ、明日起きるのが辛いのが、目に見えてわかる。だけど、まあ、「アイミ、大丈夫か?」と世話を焼かれるのはちょっと、嬉しかったりしないでもない。
肩があらわにされる。背中をはい回る太い指の感触に声がもれた。このまま男のいいようにされるのが悔しい。
だから、わたしは自分から太い首にしがみついて、唇に噛みついてやった。わたしからキスするのも、はじめてだ。今日ははじめてのことばかりしたい。色んなことをしたい。ジェラールさんと。
それがジェラールさんに火をつけたらしく、予想通り、翌日のわたしはベッドの上で過ごした。
でも、起きたときに、ベッドのサイドテーブルに紙が残されていた。
書かれていたメッセージは、「うまかった」とだけ。
昔を思い出して嬉しくなったなんてことは、団長さんを喜ばせるだけなので、絶対に言わないでおく。
おわり
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