槍とカチューシャ(101~end)
第119話『結婚してほしい』
しばらく馬車のなかでジェラールさんと世間話をした。一番気になったのはアーヴィングさんのことで、彼を弟と思うような女性は誰なのか聞こうとしただけなのに、甲斐性はあるはずのジェラールさんは不機嫌になったりした。
馬車が止まると、ふたりして降りた。大きな森を前にして思うのは、ドレスを着て行くような場所ではないということだ。ヒールも高いし、怪我をしそうで怖い。
「ジェラールさん、ドレスが汚れちゃいますし、今日はやめませんか?」
改めてもっと動きやすい格好に着替えて、森に入る方がいい気がする。
「それなら、こうする」
――えっ? ジェラールさんはわたしの腰に腕を回し、まるで荷物か何かのように抱えあげた。お姫様抱っこだったらちょっと嬉しいだろうにしてくれない。はじめて会ったときもこんなふうに抱えられた気がする。ジェラールさんの性格からして、お姫様抱っことか頭にも無さそうだ。彼らしくていいか。そう思い、わたしは太い首に自分の腕を回した。
湖は何年経ってもそこに存在し続けている。きらきらと揺れる水面、桟橋も、小船も。違うのはわたしとジェラールさんの関係かもしれない。
湖近くの岩に降ろされて、ジェラールさんはなぜかしゃがみこんだ。右膝を立てて左膝を下ろす座り方は、騎士の作法だろうか。訳もわからず、立ち尽くしていると、手を掴み取られた。
「ジェラールさん?」うつむいたまま、わたしの手をじっと見つめているジェラールさんが心配になってくる。どうしたのだろう?
ようやく顔を上げても険しい表情で、とても顔色が悪い気がする。唇も震えているし。
「か、風邪ですか? もしかして、昨夜、夜風に当たり過ぎて体調でも壊したんですか?」
「ち、違う! これは、その、あれだ、緊張しているだけだ」
「緊張? なぜ、緊張なんか」
手を取ったまま緊張するなんておかしい。考えてもわからなくて、わたしはジェラールさんの答えを待った。
「アイミ、俺はこの通り、お前のことになると情けない。槍を持っているときには不安なんて微塵も感じないのに、お前を前にすると、不安になるし怖くなる。きっと、これからもそうだろう。
俺はこんな情けない男だが、アイミとずっと、添い遂げたい。どうか俺と結婚してほしい」
懇願するようにわたしの手の甲にジェラールさんの唇が押し合てられる。これはどう解釈をしても、ジェラールさんからのプロポーズだった。感情があふれでてきて言葉に詰まる。なかなか出てこない。わたしが答えないので、ジェラールさんもしびれを切らしたようだ。
「アイミ、嫌か?」
「嫌じゃないです」
「それでは……」すがるような瞳はまだまだ心配しているらしい。わたしがちゃんと答えるまで安心できないのだろう。答えは決まっているのに。わたしは息を吸った。
「ジェラールさんが好きです。だから、結婚します」
思ったより声が大きくなってしまった。でも、どうしてもジェラールさんにはちゃんと伝えたかった。ジェラールさんは立ち上がる。わたしを引き寄せると、自分の腕のなかに導いた。
「あとから冗談などとは言わないな?」
「言いませんよ」
何が不安なのかわからないけれど、そんなに疑うなら何度でも言ってやる。
「ジェラールさんが好きです」
甘いものをたらふく食べたぐらいの胸焼けに襲われてしまえばいい。
「俺も好きだ」
それなのに、たった一言で、わたしのほうが胸焼けするくらいの幸せに包まれた。
そして、ジェラールさんは、指輪を取り出した。金色の指輪には見覚えがある。確か、ピンク色の小箱に入っていた。
「これって、もしかして」
「ああ、あの時、アイミに突き返された指輪だ。ずっと、未練がましく持っていた。いつか、受け取ってくれると思って、な」
ジェラールさんが指にはめてくれる。もちろん、心臓に近い左手の薬指に。
「やっと、受け取ってもらえた」
ジェラールさんが笑う。ちょっと、涙目になっている。こんなにもわたしを好きでいてくれるジェラールさんに、嬉しさから「ありがとう」と告げた。
しばらく馬車のなかでジェラールさんと世間話をした。一番気になったのはアーヴィングさんのことで、彼を弟と思うような女性は誰なのか聞こうとしただけなのに、甲斐性はあるはずのジェラールさんは不機嫌になったりした。
馬車が止まると、ふたりして降りた。大きな森を前にして思うのは、ドレスを着て行くような場所ではないということだ。ヒールも高いし、怪我をしそうで怖い。
「ジェラールさん、ドレスが汚れちゃいますし、今日はやめませんか?」
改めてもっと動きやすい格好に着替えて、森に入る方がいい気がする。
「それなら、こうする」
――えっ? ジェラールさんはわたしの腰に腕を回し、まるで荷物か何かのように抱えあげた。お姫様抱っこだったらちょっと嬉しいだろうにしてくれない。はじめて会ったときもこんなふうに抱えられた気がする。ジェラールさんの性格からして、お姫様抱っことか頭にも無さそうだ。彼らしくていいか。そう思い、わたしは太い首に自分の腕を回した。
湖は何年経ってもそこに存在し続けている。きらきらと揺れる水面、桟橋も、小船も。違うのはわたしとジェラールさんの関係かもしれない。
湖近くの岩に降ろされて、ジェラールさんはなぜかしゃがみこんだ。右膝を立てて左膝を下ろす座り方は、騎士の作法だろうか。訳もわからず、立ち尽くしていると、手を掴み取られた。
「ジェラールさん?」うつむいたまま、わたしの手をじっと見つめているジェラールさんが心配になってくる。どうしたのだろう?
ようやく顔を上げても険しい表情で、とても顔色が悪い気がする。唇も震えているし。
「か、風邪ですか? もしかして、昨夜、夜風に当たり過ぎて体調でも壊したんですか?」
「ち、違う! これは、その、あれだ、緊張しているだけだ」
「緊張? なぜ、緊張なんか」
手を取ったまま緊張するなんておかしい。考えてもわからなくて、わたしはジェラールさんの答えを待った。
「アイミ、俺はこの通り、お前のことになると情けない。槍を持っているときには不安なんて微塵も感じないのに、お前を前にすると、不安になるし怖くなる。きっと、これからもそうだろう。
俺はこんな情けない男だが、アイミとずっと、添い遂げたい。どうか俺と結婚してほしい」
懇願するようにわたしの手の甲にジェラールさんの唇が押し合てられる。これはどう解釈をしても、ジェラールさんからのプロポーズだった。感情があふれでてきて言葉に詰まる。なかなか出てこない。わたしが答えないので、ジェラールさんもしびれを切らしたようだ。
「アイミ、嫌か?」
「嫌じゃないです」
「それでは……」すがるような瞳はまだまだ心配しているらしい。わたしがちゃんと答えるまで安心できないのだろう。答えは決まっているのに。わたしは息を吸った。
「ジェラールさんが好きです。だから、結婚します」
思ったより声が大きくなってしまった。でも、どうしてもジェラールさんにはちゃんと伝えたかった。ジェラールさんは立ち上がる。わたしを引き寄せると、自分の腕のなかに導いた。
「あとから冗談などとは言わないな?」
「言いませんよ」
何が不安なのかわからないけれど、そんなに疑うなら何度でも言ってやる。
「ジェラールさんが好きです」
甘いものをたらふく食べたぐらいの胸焼けに襲われてしまえばいい。
「俺も好きだ」
それなのに、たった一言で、わたしのほうが胸焼けするくらいの幸せに包まれた。
そして、ジェラールさんは、指輪を取り出した。金色の指輪には見覚えがある。確か、ピンク色の小箱に入っていた。
「これって、もしかして」
「ああ、あの時、アイミに突き返された指輪だ。ずっと、未練がましく持っていた。いつか、受け取ってくれると思って、な」
ジェラールさんが指にはめてくれる。もちろん、心臓に近い左手の薬指に。
「やっと、受け取ってもらえた」
ジェラールさんが笑う。ちょっと、涙目になっている。こんなにもわたしを好きでいてくれるジェラールさんに、嬉しさから「ありがとう」と告げた。