槍とカチューシャ(101~end)
第115話『騎士の妻』
安心したのも束の間だった。
「ジェラール、彼女とふたりきりにさせてもらえないかしら?」とおばあさまから話を切り出される。
「あなたは庭の草むしりでもしておいて」
いつもならば、「なぜ、俺がしなければならない」とふてくされそうなジェラールさんも、おばあさまのご命令には逆らえないらしい。戸惑った様子でわたしをちらちら見ながら、「わ、わかりました」と部屋を出ていった。
「ジェラールさん、おばあさまの前だとあんなに素直なのですね」
「そうね、あの子はわたしに秘密を握られているから、逆らえないのよ」
「秘密ですか?」
「そうよ、とびっきりのね」
すごく知りたい。もしその秘密を知れたら、わたしの命令にもしたがってくれるだろうし。やんわりたずねてみたけれど、「秘密は秘密なのよ」とおばあさまは教えてくださらなかった。笑顔でそう言われてしまうと、わたしも深くは追求できない。残念だ。
「ねえ、マキさん」
突然、おばあさまの笑顔がすっかり消えた。真剣な目がわたしを見すえて、その瞳からはりつめた空気が伝わってくる。わたしは息を呑んだ。
「ねえ、マキさん、あなたは本当にジェラールと結婚をしたいの? 後悔はしないのかしら?」
こんな意地悪な質問はまだ誰にもされたことはない。祝福はされても考え直せとかそういうことは言われてこなかった。
すぐさま返さなかったのは答えに困ったからではない。おばあさまがどうしてこんな質問をされたのか、考えたからだ。
「結婚はしたいです。ジェラールさんと一緒にいたいですし。後悔の方はまだわかりません。そういうのは結婚をしてからやってくると思うので。おばあさまがこういった質問をするのは、なぜですか?」
「ごめんなさいね。あなたの決断を疑ったわけではないの。
ただ、やっぱり結婚してからの方が大変なのよ。異世界人であることはどうやってもつきまとうし、払うことはできない。周りから心ない言葉を浴びせられるかもしれない。
ジェラールが助けられることなんて少ないわ。あなた自身が強くなければ騎士の妻として生きてはいけない。だから、ジェラールにも土壇場でも決してひるまない女性を選ぶようにすすめたの。まさか、わたしと同じ日本人だとは思わなかったけれど。あなたには覚悟を持ってほしかった。それで、この質問をしてみたのよ」
おばあさまの真意がわかって、納得できた。そうだ、わたしは覚悟をしなければならない。ジェラールさんの妻となるなら、今よりももっと強くなければ。
「ありがとうございます」
「礼なんて」
「いえ、おばあさまが『土壇場でも決してひるまない女性』をすすめなかったから、わたしはここにはいません。ジェラールさんともこんな関係にならなかったと思います」
「そうかしら? わたしの言葉なんてあってもなくても、あの子は頭で考えるような子じゃないわ。本能であなたを見つけた気がする」
もしそうだとしたら嬉しい。本能でわたしを求めてくれたのだとしたら、自分がどんな存在だとしてもジェラールさんと必要とされる。
「今も草むしりなんてそっちのけで窓からこちらを見てるわ」
「えっ?」
おばあさまが指を差した窓を見ると、緑色の瞳とがっちり視線がぶつかった。のぞくとかそういうレベルじゃない。がっつり見ている。
「ジェラール」おばあさまが声を張り上げると、ジェラールさんは慌てて窓から離れていった。
「本当にあの子ったら」
「まったくジェラールさんは」
言葉が重なってしまい、わたしはおばあさまと顔を見合わせて、そろって笑い声を上げた。
安心したのも束の間だった。
「ジェラール、彼女とふたりきりにさせてもらえないかしら?」とおばあさまから話を切り出される。
「あなたは庭の草むしりでもしておいて」
いつもならば、「なぜ、俺がしなければならない」とふてくされそうなジェラールさんも、おばあさまのご命令には逆らえないらしい。戸惑った様子でわたしをちらちら見ながら、「わ、わかりました」と部屋を出ていった。
「ジェラールさん、おばあさまの前だとあんなに素直なのですね」
「そうね、あの子はわたしに秘密を握られているから、逆らえないのよ」
「秘密ですか?」
「そうよ、とびっきりのね」
すごく知りたい。もしその秘密を知れたら、わたしの命令にもしたがってくれるだろうし。やんわりたずねてみたけれど、「秘密は秘密なのよ」とおばあさまは教えてくださらなかった。笑顔でそう言われてしまうと、わたしも深くは追求できない。残念だ。
「ねえ、マキさん」
突然、おばあさまの笑顔がすっかり消えた。真剣な目がわたしを見すえて、その瞳からはりつめた空気が伝わってくる。わたしは息を呑んだ。
「ねえ、マキさん、あなたは本当にジェラールと結婚をしたいの? 後悔はしないのかしら?」
こんな意地悪な質問はまだ誰にもされたことはない。祝福はされても考え直せとかそういうことは言われてこなかった。
すぐさま返さなかったのは答えに困ったからではない。おばあさまがどうしてこんな質問をされたのか、考えたからだ。
「結婚はしたいです。ジェラールさんと一緒にいたいですし。後悔の方はまだわかりません。そういうのは結婚をしてからやってくると思うので。おばあさまがこういった質問をするのは、なぜですか?」
「ごめんなさいね。あなたの決断を疑ったわけではないの。
ただ、やっぱり結婚してからの方が大変なのよ。異世界人であることはどうやってもつきまとうし、払うことはできない。周りから心ない言葉を浴びせられるかもしれない。
ジェラールが助けられることなんて少ないわ。あなた自身が強くなければ騎士の妻として生きてはいけない。だから、ジェラールにも土壇場でも決してひるまない女性を選ぶようにすすめたの。まさか、わたしと同じ日本人だとは思わなかったけれど。あなたには覚悟を持ってほしかった。それで、この質問をしてみたのよ」
おばあさまの真意がわかって、納得できた。そうだ、わたしは覚悟をしなければならない。ジェラールさんの妻となるなら、今よりももっと強くなければ。
「ありがとうございます」
「礼なんて」
「いえ、おばあさまが『土壇場でも決してひるまない女性』をすすめなかったから、わたしはここにはいません。ジェラールさんともこんな関係にならなかったと思います」
「そうかしら? わたしの言葉なんてあってもなくても、あの子は頭で考えるような子じゃないわ。本能であなたを見つけた気がする」
もしそうだとしたら嬉しい。本能でわたしを求めてくれたのだとしたら、自分がどんな存在だとしてもジェラールさんと必要とされる。
「今も草むしりなんてそっちのけで窓からこちらを見てるわ」
「えっ?」
おばあさまが指を差した窓を見ると、緑色の瞳とがっちり視線がぶつかった。のぞくとかそういうレベルじゃない。がっつり見ている。
「ジェラール」おばあさまが声を張り上げると、ジェラールさんは慌てて窓から離れていった。
「本当にあの子ったら」
「まったくジェラールさんは」
言葉が重なってしまい、わたしはおばあさまと顔を見合わせて、そろって笑い声を上げた。