槍とカチューシャ(101~end)
第114話『会わせたい人』
眠気に襲われてウトウトしはじめた頃、馬車がゆっくりと速度を落として、完全に動きを止めた。ようやく目的の場所に着いたのだろう。
先に馬車を降りたジェラールさんの手を借りて、足を降ろす。ドレスに合わせたヒールはまったく履き慣れていないため、ジェラールさんの心遣いはありがたい。
馬車から降りた先は芝生の上だった。青々した芝生には石畳が敷かれており、お屋敷までの道筋になっている。ジェラールさんのいう「会わせたい人」はその道の先にいるのだろう。
歩いていくと、道の両脇には花壇があった。四角くかたどった枠には小さなタイルが貼りつけられている。タイルは青と白のカラーに統一されているものの、描かれている絵柄は様々だ。花びらだったり、馬のかたちだったり、単なる線だったり、見ているだけでも楽しめる。
花壇を眺めつつ、石畳の先まで歩いていくと、白くて可愛らしい家の入り口が待っている。入り口の付近には、木製の揺り椅子が置かれていた。膝掛けの毛布を乗せて気ままに揺れている。窓からのぞくカーテンまでおしゃれに見えた。
ジェラールさんが扉の横にあるドアノッカーを叩くと、ぱたぱたと中から足音が聞こえてきた。足音が止まり、金具がすれるような音がしながら、扉が開いた。
現れたのは小柄なおばあさまだった。髪の毛は白く、後ろでひとまとめにしている。首もとや腕を包むラベンダー色のドレスは、おばあさまの上品な雰囲気に合っていた。彼女はジェラールさんに視線を送りながら、にっこり笑う。
「あら、やっぱり、ジェラールだったのね」
「お久しぶりです」
ジェラールさんを呼び捨てにするなんて、いったい誰なのだろう? しかも、ジェラールさんまで改まった感じになっている。
「こちらの方はどちら様?」
「おばあさま、彼女が俺の婚約者です」
「おばあさま」と聞いて、ようやく、理解できた。ジェラールさんから話には聞いていたけれど。わたしと同じ日本人で、奴隷から貴族の奥さんになったというあのおばあさまだ。この方がジェラールさんの「会わせたい人」だったのだ。
「あなたがそうなの」
「は、はじめまして、牧愛美と言います」
ジェラールさんのおばあさまは口元に手を当てて、ふふふと笑われる。
「はじめまして、マキアイミさん」
「はい」
日本語だ。ジェラールさんとだって、最近はこちらの言葉での会話が多かったから、久しぶりに日本語を聞いた。
「懐かしいわ」
「わたしも懐かしいです」
「さあさ、中に入って」
おばあさまに招かれ、家のなかへ入る。家はお屋敷の庭よりも広くはなかった。それでも、家具はつややかな木製のものに統一されていたし、窓際の花瓶を置いたテーブルも食器棚も同じカラー。花柄の壁といい、暖色で落ち着く部屋だ。
ソファーに誘導されて、腰を落ち着ける。隣には近すぎるジェラールさん。膝の上に手を置いて、どこか強ばった顔を正面に向けている。
おばあさまがお茶を入れてくださろうとするので、わたしも「手伝います」と立ち上がる。それでも、「いいのよ」とお断りされた。
「おばあさま、アイミは使用人をしていたから、茶を入れるのはお手のものだ」
「あら、そうなの?」
「ええ、未熟ですけれど、お嬢様には美味しいとおっしゃっていただいていました」
「それなら、お願いしようかしら?」
何とかお手伝いできてホッとする。リーゼロッテ様から教わった入れ方でお茶を入れて、おばあさまがティーカップを口につけるとき、ひどく緊張した。あんなことを言っておいて、美味しくなかったら恥ずかしい。おばあさまはティーカップをソーサの上に戻し、ほっと息を流した。
「本当に美味しい」と言ってくださった。
「良かったです」
「わたしにもこのお茶の入れ方を教えてくださる?」
「もちろんです」
何とか和やかな雰囲気でおばあさまとの顔合わせをこなせそうだと、安心した。
眠気に襲われてウトウトしはじめた頃、馬車がゆっくりと速度を落として、完全に動きを止めた。ようやく目的の場所に着いたのだろう。
先に馬車を降りたジェラールさんの手を借りて、足を降ろす。ドレスに合わせたヒールはまったく履き慣れていないため、ジェラールさんの心遣いはありがたい。
馬車から降りた先は芝生の上だった。青々した芝生には石畳が敷かれており、お屋敷までの道筋になっている。ジェラールさんのいう「会わせたい人」はその道の先にいるのだろう。
歩いていくと、道の両脇には花壇があった。四角くかたどった枠には小さなタイルが貼りつけられている。タイルは青と白のカラーに統一されているものの、描かれている絵柄は様々だ。花びらだったり、馬のかたちだったり、単なる線だったり、見ているだけでも楽しめる。
花壇を眺めつつ、石畳の先まで歩いていくと、白くて可愛らしい家の入り口が待っている。入り口の付近には、木製の揺り椅子が置かれていた。膝掛けの毛布を乗せて気ままに揺れている。窓からのぞくカーテンまでおしゃれに見えた。
ジェラールさんが扉の横にあるドアノッカーを叩くと、ぱたぱたと中から足音が聞こえてきた。足音が止まり、金具がすれるような音がしながら、扉が開いた。
現れたのは小柄なおばあさまだった。髪の毛は白く、後ろでひとまとめにしている。首もとや腕を包むラベンダー色のドレスは、おばあさまの上品な雰囲気に合っていた。彼女はジェラールさんに視線を送りながら、にっこり笑う。
「あら、やっぱり、ジェラールだったのね」
「お久しぶりです」
ジェラールさんを呼び捨てにするなんて、いったい誰なのだろう? しかも、ジェラールさんまで改まった感じになっている。
「こちらの方はどちら様?」
「おばあさま、彼女が俺の婚約者です」
「おばあさま」と聞いて、ようやく、理解できた。ジェラールさんから話には聞いていたけれど。わたしと同じ日本人で、奴隷から貴族の奥さんになったというあのおばあさまだ。この方がジェラールさんの「会わせたい人」だったのだ。
「あなたがそうなの」
「は、はじめまして、牧愛美と言います」
ジェラールさんのおばあさまは口元に手を当てて、ふふふと笑われる。
「はじめまして、マキアイミさん」
「はい」
日本語だ。ジェラールさんとだって、最近はこちらの言葉での会話が多かったから、久しぶりに日本語を聞いた。
「懐かしいわ」
「わたしも懐かしいです」
「さあさ、中に入って」
おばあさまに招かれ、家のなかへ入る。家はお屋敷の庭よりも広くはなかった。それでも、家具はつややかな木製のものに統一されていたし、窓際の花瓶を置いたテーブルも食器棚も同じカラー。花柄の壁といい、暖色で落ち着く部屋だ。
ソファーに誘導されて、腰を落ち着ける。隣には近すぎるジェラールさん。膝の上に手を置いて、どこか強ばった顔を正面に向けている。
おばあさまがお茶を入れてくださろうとするので、わたしも「手伝います」と立ち上がる。それでも、「いいのよ」とお断りされた。
「おばあさま、アイミは使用人をしていたから、茶を入れるのはお手のものだ」
「あら、そうなの?」
「ええ、未熟ですけれど、お嬢様には美味しいとおっしゃっていただいていました」
「それなら、お願いしようかしら?」
何とかお手伝いできてホッとする。リーゼロッテ様から教わった入れ方でお茶を入れて、おばあさまがティーカップを口につけるとき、ひどく緊張した。あんなことを言っておいて、美味しくなかったら恥ずかしい。おばあさまはティーカップをソーサの上に戻し、ほっと息を流した。
「本当に美味しい」と言ってくださった。
「良かったです」
「わたしにもこのお茶の入れ方を教えてくださる?」
「もちろんです」
何とか和やかな雰囲気でおばあさまとの顔合わせをこなせそうだと、安心した。