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槍とカチューシャ(101~end)

第111話『お屋敷生活』

 薄情な(でも、意外と話しやすい)リータと別れて歩いていると、住宅街の奥のほうに差しかかった。だんだん背の高い柵で囲まれた庭付きのお屋敷が見えてくる。少しお金に余裕のある方々が住まう地域である。

 こんなところに団長さんの家があることを知って、驚いたのは言うまでもない。

 怪我が落ち着いて家で静養するというとき、「お前も来い」とお呼ばれをした。そんな言葉に乗っかって、団長さんの家にのこのことついて行ったら、今度は「お前も住め」と言われた。躊躇するわたしに「悪い話ではないだろう」と団長さん。

 確かに、ありがたい申し出だった。シャーレンブレンドにいるなら宿も探さなければならなかったし、団長さんのお世話をするなら一緒に住んだ方が合理的だ。

 そうだとしても、結婚前の男女だ。婚約したものの、もとの世界のような同棲とは意味が違う。

「同じ部屋に住むのはちょっと」

 と、言葉を濁したら、団長さんの顔は一瞬で怒ったように真っ赤に染まった。

「お、同じ部屋のわけがないだろう!」

 団長さんに言われてようやく気づいた。そうだ、同じ部屋を共有する必要もないほど、お屋敷は広すぎた。狭いアパートにしか住んだことのないわたしには、別の部屋に住むなんて発想は頭になかったのだ。

 団長さんを呆れさせたのが申し訳ないし、一緒に住むなんて戸惑いしか感じなかった。それでも提案を受け入れたのは、結局、団長さんのすがるような瞳のせいだ。

 ダメなのか。ダメと言われたら死んでしまう……とまでは訴えてはいなかったかもしれないけれど、わたしには断れなかった。最後には押しきられる感じになり、それが今日まで続いている。

 団長さんのお屋敷に戻ると、使用人の人たちから大層なお出迎えを受ける。一応、客ではあるけれど、「お帰りなさいませ」と言われた。

 このときばかりは、かなり照れる。まあ、結婚したら「奥様」とか呼ばれるのかもしれないけれど、恥ずかしくてたまらない。暮らしていくうちに慣れる時がくるのだろうか。まったく自信ない。

 恥ずかしさのあまりうつむきかげんで階段を上がり、団長さんの部屋の隣に用意されたわたしの部屋に戻る。客室と聞いているけれど、ため息がこぼれそうなくらいの広い部屋だった。

 掃除が大変そうな天がいつきのベッド。おかげでお姫様気分である。他にもクローゼット、ドレスを着るわけでもないのに全身鏡、棚が完璧に磨かれていて光を放っている。窓の溝には埃ひとつない。ガラスは外の景色をはっきりと透している。

 団長さんのお屋敷にも使用人の人たちがいて、わたしの部屋もきちんと片付けてくれる。申し訳なくて手伝おうとしたことがある。そうしたら、「わたくしめの仕事をとらないでください」と言われてしまった。

 どうやら、団長さんの身の回りのお世話だけに専念しろということらしかった。だから、わたしは団長さんのお世話だけをした。専念した。こんな手厚い待遇も受けて。

 でも、そんな生活も終わりだ。ちゃんとけじめはつけないといけない。今日こそは団長さんに伝えないとならない。
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Clap