槍とカチューシャ(101~end)
第108話『あなたの妻に』
ジルさんと夏希が「あとはふたりきりでね」と、親切なのかよくわからない気づかいをしてくれたおかげで、ふたりきりとなった。
団長さんから見て右側に椅子を置き、そこに座る。布団の上のわたしの両手は団長さんの右手にがっちり掴まれている。普段は槍を振るうその指はタコだらけでゴツゴツしているけれど、触り心地は嫌じゃない。ただ、恥ずかしすぎて困るのだ。
他のことに意識を向けようと、周りに目をやった。すると、団長さんの左手側の壁には槍が立て掛けられている。槍の持ち手と尖った先の境目には、わたしがあげたリボンがくくりつけられている。こんなところに使われているなんて知らなかった。
団長さんの瞳は何だか優しいし、どこに目を向けてみても恥ずかしい。気を紛らわすために「怪我はどうですか?」とたずねてみる。
「ああ、しばらくはこの状態だそうだ」
「そうですか」
不便そうだなと肩に巻かれた包帯を眺めていると、団長さんの口が開く気配がした。
「アイミ、確か、手紙では結婚式が近いとあったが、あちらのほうは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないです」
ちょうど、夏希が結婚式の当日にやってきたものだから、大事な大仕事を蹴ってしまったのだ。それをぶちまけると、団長さんは表情を曇らせた。
「それはすまなかった」
「団長さんのせいではないですし。メルビナ様にも許可はいただきましたから」
「いや、それでも、お前には心配をかけたな」
団長さんがわたしの頭を撫でてくれる。その手が離れるくらい、わたしは勢いよく首を横に振った。
「山賊相手とはいえ、ひそむ相手に気づけなかった俺が悪い。騎士が落馬などと、恥でしかない。これで決まった。俺は騎士団の団長を退こうと思う。そうすれば城を出て、お前とともにガレーナで住むのも悪くない。結婚もできるしな」
何を勝手なことを言っているのだろう。
「わたしとの結婚を逃げに使うつもりですか?」
「逃げだと?」
「だって、そうじゃないですか。騎士だって落馬するでしょう。団長さんだって人間なんだから間違えることもあります。……それに」
言葉を切る。これに続く言葉はあまりに言いにくいけれど、伝えなければならない。
「わたしたちの間に生まれるはずの子どもに見せてほしいんです、格好いいお父さんの背中。
できれば、わたしにも見せてくださると嬉しいです。ろくでなしのわたしの父親を忘れさせるくらいの、格好いい姿を見せてください」
「それは、つまり」
「わたしをあなたの妻にしてください」
やっと伝えられた。団長さんは戸惑った表情から真剣な表情に変えた。
「いいのか?」
この質問には色んな意味がこめられている。使用人をやめる。ガレーナから離れてシャーレンブレンドに住む。団長さんの妻になる。あらゆる意味をこめて、わたしはうなずいた。
「いいです。ちなみにこれは逃げではないですからね」
ずっと考えてきた答えがこれだった。
自分の気持ちは伝えたし、これ以上はわたしにできることはない。後は団長さんの反応次第だった。
「すまん。頭が混乱して。お前は俺でいいのか?」
わかりきった質問だ。わざわざ確かめないでほしい。わたしは団長さんが好きで妻になりたいと言っているだけだ。
「団長さんこそ、わたしでいいんですか?」
「わかりきったことを聞くな」
ほら、どうでもいい質問だった。団長さんはようやく気づいたようで、わたしを右腕で抱き締める。包帯が巻かれていないほうの肩に頬をつけると、甘えているようになってしまった。
「で、わたしを妻にしてくれますか?」
「ああ、もちろんだ」
即答で笑ってしまう。
「騎士団もやめない?」
「ああ、当分はな」
良かった。とりあえずは夏希やフィナの泣き顔は見なくて済みそうだ。
「団長さん」
「ずっと待っていた」
きっと、本音だろう。
「ありがとうございます」
待っていてくれたことに感謝しかない。わたしは団長さんの胸に手を置いてから自分の頭を預けた。
「アイミ」と呼ばれて顔を上げると、団長さんと目が合う。熱を帯びた緑色の瞳を見ていられなくて目を伏せる。そうすると、遠慮がちに団長さんの唇がわたしの唇に触れた。やわらかさに気づく前に離れていく。名残惜しくて、団長さんの唇を目で追ってしまう。
「好きだ」
「わたしもです」
もう一度とねだる前に、団長さんも同じ思いだったのか、また唇が触れる。今度は触れただけでは済まなかった。やわらかさだけではない、お互いの熱にまで気づかされる。息をするのがやっとなくらいしあわせだった。
ジルさんと夏希が「あとはふたりきりでね」と、親切なのかよくわからない気づかいをしてくれたおかげで、ふたりきりとなった。
団長さんから見て右側に椅子を置き、そこに座る。布団の上のわたしの両手は団長さんの右手にがっちり掴まれている。普段は槍を振るうその指はタコだらけでゴツゴツしているけれど、触り心地は嫌じゃない。ただ、恥ずかしすぎて困るのだ。
他のことに意識を向けようと、周りに目をやった。すると、団長さんの左手側の壁には槍が立て掛けられている。槍の持ち手と尖った先の境目には、わたしがあげたリボンがくくりつけられている。こんなところに使われているなんて知らなかった。
団長さんの瞳は何だか優しいし、どこに目を向けてみても恥ずかしい。気を紛らわすために「怪我はどうですか?」とたずねてみる。
「ああ、しばらくはこの状態だそうだ」
「そうですか」
不便そうだなと肩に巻かれた包帯を眺めていると、団長さんの口が開く気配がした。
「アイミ、確か、手紙では結婚式が近いとあったが、あちらのほうは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないです」
ちょうど、夏希が結婚式の当日にやってきたものだから、大事な大仕事を蹴ってしまったのだ。それをぶちまけると、団長さんは表情を曇らせた。
「それはすまなかった」
「団長さんのせいではないですし。メルビナ様にも許可はいただきましたから」
「いや、それでも、お前には心配をかけたな」
団長さんがわたしの頭を撫でてくれる。その手が離れるくらい、わたしは勢いよく首を横に振った。
「山賊相手とはいえ、ひそむ相手に気づけなかった俺が悪い。騎士が落馬などと、恥でしかない。これで決まった。俺は騎士団の団長を退こうと思う。そうすれば城を出て、お前とともにガレーナで住むのも悪くない。結婚もできるしな」
何を勝手なことを言っているのだろう。
「わたしとの結婚を逃げに使うつもりですか?」
「逃げだと?」
「だって、そうじゃないですか。騎士だって落馬するでしょう。団長さんだって人間なんだから間違えることもあります。……それに」
言葉を切る。これに続く言葉はあまりに言いにくいけれど、伝えなければならない。
「わたしたちの間に生まれるはずの子どもに見せてほしいんです、格好いいお父さんの背中。
できれば、わたしにも見せてくださると嬉しいです。ろくでなしのわたしの父親を忘れさせるくらいの、格好いい姿を見せてください」
「それは、つまり」
「わたしをあなたの妻にしてください」
やっと伝えられた。団長さんは戸惑った表情から真剣な表情に変えた。
「いいのか?」
この質問には色んな意味がこめられている。使用人をやめる。ガレーナから離れてシャーレンブレンドに住む。団長さんの妻になる。あらゆる意味をこめて、わたしはうなずいた。
「いいです。ちなみにこれは逃げではないですからね」
ずっと考えてきた答えがこれだった。
自分の気持ちは伝えたし、これ以上はわたしにできることはない。後は団長さんの反応次第だった。
「すまん。頭が混乱して。お前は俺でいいのか?」
わかりきった質問だ。わざわざ確かめないでほしい。わたしは団長さんが好きで妻になりたいと言っているだけだ。
「団長さんこそ、わたしでいいんですか?」
「わかりきったことを聞くな」
ほら、どうでもいい質問だった。団長さんはようやく気づいたようで、わたしを右腕で抱き締める。包帯が巻かれていないほうの肩に頬をつけると、甘えているようになってしまった。
「で、わたしを妻にしてくれますか?」
「ああ、もちろんだ」
即答で笑ってしまう。
「騎士団もやめない?」
「ああ、当分はな」
良かった。とりあえずは夏希やフィナの泣き顔は見なくて済みそうだ。
「団長さん」
「ずっと待っていた」
きっと、本音だろう。
「ありがとうございます」
待っていてくれたことに感謝しかない。わたしは団長さんの胸に手を置いてから自分の頭を預けた。
「アイミ」と呼ばれて顔を上げると、団長さんと目が合う。熱を帯びた緑色の瞳を見ていられなくて目を伏せる。そうすると、遠慮がちに団長さんの唇がわたしの唇に触れた。やわらかさに気づく前に離れていく。名残惜しくて、団長さんの唇を目で追ってしまう。
「好きだ」
「わたしもです」
もう一度とねだる前に、団長さんも同じ思いだったのか、また唇が触れる。今度は触れただけでは済まなかった。やわらかさだけではない、お互いの熱にまで気づかされる。息をするのがやっとなくらいしあわせだった。