槍とカチューシャ(101~end)
第107話『死んだように眠る』
思い出を振り切って、どうにか、医務室へとたどり着いた。扉を開けて、仕切りの間のベッドをいくつも見る。ベッドは怪我を負った騎士たちで占められていて、おそらく団長さんと同じ部隊の人だろう。
中には重傷を負って動けない様子の人もいる。かたわらには婚約者や恋人だったりするのか、女性の姿も見られた。だんだんと奥のベッドに近づくに連れて、ジルさんからの言葉を思い出した。
――「騎士は大変な仕事よ。死に直面することもあるのかもしれない。そんな大変なとき、あなたのような大切な存在がいたら、何がなんでも戻りたいと思うはずよ。そして、ジェラールなら絶対に帰ってくる」
とても重い言葉だったのを覚えている。それに対してわたしはどう答えたたっけ。
――「ジルさん、わたしに何ができるかわからないけど、団長さんの支えになるならそばにいます。近いうちにもしかしたら、そばにいられなくなるけれど、ちゃんと心では団長さんの無事を祈ってます」
今にして思えば、祈るだけではダメだった。それだけでは本当の意味で団長さんを支えることにはならない。こんなことに気づくのが今になってしまった。すごい皮肉だと思う。
歩いて一番奥のベッドまで差し掛かったとき、小さな話し声が聞こえてきた。夏希が足を止めた。ならって、わたしも止める。
うつむいて、一度息を吐いた。心を落ち着けてから、仕切りと仕切りの間に一歩踏み出す。ベッドの上には団長さんが上体を起こした体勢でいた。
「団長さん」
わたしが呼べば、何度か瞬いて緑色の瞳がすぐに見つめてくる。ずっと、会いたかった。
「アイミ、どうした?」
けれど、団長さんにしてみればそうでもなかったらしい。目を丸くしてのんきにたずねてくる団長さんに怒りがわいてくる。肩に巻かれた包帯以外、ずいぶん元気そうだ。
「どうした? じゃないでしょう! 怪我をしたって聞いて! 目を覚まさないって聞いてここまで来たんです!」
「マキさん、あまり攻めないであげて。この男、今起きたところだから」
ジルさんがそう教えてくれた。言われてみれば、起き抜けだから、ボーッとしているのかもしれない。気持ちを落ち着けなくてはと思う。深呼吸をして、聞く体勢を作った。
「団長さん、そうなんですか?」
「ああ。長く眠っていたらしい。おそらくはあまり睡眠をとっていなかったから、死んだように眠ったのだろう」
自分のなかで膨れ上がった怒りがみるみるうちにしぼんでいく。団長さんが無事でいてくれた。それだけでこんなにも幸せを感じる。
「アイミ……」
団長さんは怪我をしていないほうの右手でわたしの頬を撫でる。しつこく目の下を親指でなぞるから、わたしは「何ですか?」と問いかけた。
「どうして泣くんだ?」
自分では気づくのが遅れた。確かに頬が冷たい。泣く理由はひどく単純なもので、嬉し泣きとは言いたくない。あなたが無事で良かった。ただそれだけのことで泣いているなんて、悔しい。教えたくない。
「……別に大したことじゃないです」
「そうなのか?」
「そんなことより」
団長さんの大きな手に自分の手を重ねる。
「お帰りなさい」
もし目が覚めたら真っ先にあなたの視界に入りたいと思った。一番にわたしのもとに帰ってきてほしかった。だから、「お帰りなさい」だ。一瞬固まったように見えた団長さんも、「ただいま」と呟くように答えてくれた。
思い出を振り切って、どうにか、医務室へとたどり着いた。扉を開けて、仕切りの間のベッドをいくつも見る。ベッドは怪我を負った騎士たちで占められていて、おそらく団長さんと同じ部隊の人だろう。
中には重傷を負って動けない様子の人もいる。かたわらには婚約者や恋人だったりするのか、女性の姿も見られた。だんだんと奥のベッドに近づくに連れて、ジルさんからの言葉を思い出した。
――「騎士は大変な仕事よ。死に直面することもあるのかもしれない。そんな大変なとき、あなたのような大切な存在がいたら、何がなんでも戻りたいと思うはずよ。そして、ジェラールなら絶対に帰ってくる」
とても重い言葉だったのを覚えている。それに対してわたしはどう答えたたっけ。
――「ジルさん、わたしに何ができるかわからないけど、団長さんの支えになるならそばにいます。近いうちにもしかしたら、そばにいられなくなるけれど、ちゃんと心では団長さんの無事を祈ってます」
今にして思えば、祈るだけではダメだった。それだけでは本当の意味で団長さんを支えることにはならない。こんなことに気づくのが今になってしまった。すごい皮肉だと思う。
歩いて一番奥のベッドまで差し掛かったとき、小さな話し声が聞こえてきた。夏希が足を止めた。ならって、わたしも止める。
うつむいて、一度息を吐いた。心を落ち着けてから、仕切りと仕切りの間に一歩踏み出す。ベッドの上には団長さんが上体を起こした体勢でいた。
「団長さん」
わたしが呼べば、何度か瞬いて緑色の瞳がすぐに見つめてくる。ずっと、会いたかった。
「アイミ、どうした?」
けれど、団長さんにしてみればそうでもなかったらしい。目を丸くしてのんきにたずねてくる団長さんに怒りがわいてくる。肩に巻かれた包帯以外、ずいぶん元気そうだ。
「どうした? じゃないでしょう! 怪我をしたって聞いて! 目を覚まさないって聞いてここまで来たんです!」
「マキさん、あまり攻めないであげて。この男、今起きたところだから」
ジルさんがそう教えてくれた。言われてみれば、起き抜けだから、ボーッとしているのかもしれない。気持ちを落ち着けなくてはと思う。深呼吸をして、聞く体勢を作った。
「団長さん、そうなんですか?」
「ああ。長く眠っていたらしい。おそらくはあまり睡眠をとっていなかったから、死んだように眠ったのだろう」
自分のなかで膨れ上がった怒りがみるみるうちにしぼんでいく。団長さんが無事でいてくれた。それだけでこんなにも幸せを感じる。
「アイミ……」
団長さんは怪我をしていないほうの右手でわたしの頬を撫でる。しつこく目の下を親指でなぞるから、わたしは「何ですか?」と問いかけた。
「どうして泣くんだ?」
自分では気づくのが遅れた。確かに頬が冷たい。泣く理由はひどく単純なもので、嬉し泣きとは言いたくない。あなたが無事で良かった。ただそれだけのことで泣いているなんて、悔しい。教えたくない。
「……別に大したことじゃないです」
「そうなのか?」
「そんなことより」
団長さんの大きな手に自分の手を重ねる。
「お帰りなさい」
もし目が覚めたら真っ先にあなたの視界に入りたいと思った。一番にわたしのもとに帰ってきてほしかった。だから、「お帰りなさい」だ。一瞬固まったように見えた団長さんも、「ただいま」と呟くように答えてくれた。