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槍とカチューシャ(101~end)

第106話『思い出ばかり』

 まだ薄暗い中で目が覚めたら、夏希はお嫁さんかというくらいにベッドメイクまでしっかりこなしていた。わたしが上体を起こすと、床に正座をしてこちらに頭を下げる。

「おはようございます」

「おはよう。早いね」

「騎士は朝が早いですから」

 昨夜の情けないダンゴムシ姿とはまるで違い、夏希は頼もしい騎士の姿だった。朝から目元はしっかり開いていて、目ヤニすらついていない。もう顔も洗ったのか。早い。

 夏希の顔を見て思い出したけれど、そういえば、昨日は失礼なことをしてしまった気がする。

「昨日は途中で寝ちゃってごめんね」

「いえ、マキさん」何だか無駄に力が入っているような気がする。

「おかげで覚悟が決まりました。フィナちゃんに自分の気持ちを伝えます」

 伝えるのか、やっと。拳まで握り気合い十分な夏希に対して、言えるのはひとことだけだ。

「がんばって」

 それくらいしか言えない。でも一応、「失敗してもわたしに責任はないからね」と付け足しておく。

「わかってます。決断したのは僕ですから。マキさんを恨んだりしません」

 その言葉を受けて、安心した。頼もしく成長した夏希は歯を見せて笑った。

 朝食を手早く済ませて、朝日が昇る頃には村を出発した。太陽が頭上高く上がる頃には草原の真っ只中にいた。青臭い風を顔に受けながら、前もこんなことがあったなと思い返してしまう。

 わたしが異世界に来たばかりのとき、シャーレンブレンドへの道のりを馬に乗って目指していた。後ろにいたのは団長さんで、落ちそうになるわたしを太い腕で支えてくれた。あのときは感謝するどころか、違う人と乗りたいと思っていたはずだ。でも結局、団長さんに押し切られ、お城まで行ったのだ。

 団長さんとはそんなことばかりだった。強引にされて、わたしが反発して噛みついて。やりとりをしていくうちに親しくなって、いつの間にか、離れたくなくなった。

 離ればなれになってから、ようやく自分の気持ちに整理がついた。今では団長さんの無事を祈りながら馬を走らせている。本当にこんなことになるなんて、人生わからない。

 シャーレンブレンドへと続く街道を見つけ、素直に道沿いに行く。この辺りはわたしでもわかる道のりだった。

 やがて、二股に分かれた街道が合流する。道の先には巨大な石壁でできた門があった。跳ね橋が下がっていて、その上を行き交う人たちでにぎわっている。緩やかに上り坂になっている大通りには、旅人を相手にした行商人の姿がある。まさに大都市だなーとか、以前も思ったかもしれない。

 久しぶりのシャーレンブレンドの街並みに触れても心が軽くなることもなかった。むしろ、お城に近づけば近づくほど、足かせをはめたときのように重く感じた。

 夏希の案内で、こんな一般人でも城内へとすんなり入れた。それ、セキュリティ的にどうなの? 夏希にたずねたら、「マキさんはいいんです」とよくわからない答えが返ってきた。

 それに出くわす騎士たちはみんな、「あなたがそうですか」みたいな顔をしてくる。これも気になって、夏希に聞いたら「マキさんは有名ですから」とやっぱりわからない答えが返ってきた。

 医務室には夏希が怪我をしたときに、お見舞いで行ったことがある。場所は大体わかるけれど、夏希が案内をしてくれるというから素直にしたがった。

 しばらく通路を歩いていたら、鳥のさえずりが聞こえてきた。通路の床を照らすおおきな日の光。光の先に目を向けるとあの中庭だった。

 木陰にはベンチがあり、鳥たちの止まり木があり。そんなに目を見張るほどの場所ではない。でも、わたしには違った。どこの景色よりも思い出がつまっている。ふたりでよく並んだベンチは、鼻がつんと痛むほどの懐かしさがあった。

「マキさん?」思わず、足が止まっていたらしい。気づいた夏希が足を止めて、後ろを振り返る。

 わたしは何にもないというように装って、首を横に振った。もう二度と、中庭を視界には入れないようにした。
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Clap