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槍とカチューシャ(101~end)

第105話『ダンゴムシの悩み』

 日が陰ってきた頃、シャーレンブレンドとガレーナの中間に位置している村までたどり着いた。今日の旅はここまでだ。

 夏希の馬を厩舎に預け、村の宿屋へと急ぐ。酒場兼宿屋には、夜にはまだ早いのに仕事終わりの農夫や旅人の姿があった。

 夏希が宿屋の主人と交渉して、部屋を取ったのだけれど、今日は部屋数がないらしく、ふたりで1部屋に泊まることになった。

「すみません、マキさん」

 謝られてもあまり気にならない。確かに夏希とわたしは男女ではあるけれど、友達のような兄弟のようなそんな仲だと思っている。

「もし、嫌なら僕は部屋の外に……」

「全然、平気。夏希も疲れたでしょう、ベッドで寝て」

 わたしの申し出もあって、夏希は素直にベッドを使うことにしたようだ。変にぐちぐち言わなくなった。

 お湯をもらい、体を清め(夏希は配慮して部屋の外に出てくれた)、ベッドに寝転がった。横を見れば、夏希はすでにベッドの上で丸まっている。背中しか見えないけれど、ダンゴムシみたい。もう夏希が寝てしまったようなので、わたしは天井へと目を向けた。

 馬の背に乗っていたせいか、思ったより疲労がたまっていたようだ。きっと、目を閉じれば、まどろみを通り越して一気に寝てしまうだろう。

 それでもいいかと思った。明日も、早いし。もういいや寝てしまえ。諦めて瞼を降ろそうとしたら、横から「マキさん」と声がした。

「ん? 起きてたの?」寝ていたのかと思った。

「起きてます。たぶん、もう少しで寝ると思いますけれど」

「わたしもそう」

 夏希が体勢を変えたのか、布がすれる音がした。それから、朝の話を蒸し返してくる。

「ふたりとも付き合っていたなんて知りませんでした。マキさんも水くさいですよ、どうして言ってくれなかったのですか?」

「付き合っているなんて言えるわけないでしょ。聞かれてもいないのに伝えるのって恥ずかしいし」

 自分から伝えるのがどれだけ照れるのか、察してほしい。大体、わたしは恋に浮かされるような性格でもない。

「確かにそうですね。マキさんはそういう話、好きじゃなさそうですし。でも、僕なら言いふらしちゃいそうです」

「フィナとのことを?」茶化すつもりでたずねたら、案外深刻そうな声が返ってきた。

「だったらいいんですけど。フィナちゃんとは、まったく会っていないんです。お互いの仕事で忙しくて」

 確か、フィナは無事に養成所を卒業して、騎士見習いとして誰かの世話をしているらしい。シャーレンブレンドに帰ってきたのだから、会える機会も多くなったのかと思った。

 しかし、夏希の話によると、フィナはまだまだ、騎士としてはこれからのようだ。そんな中、恋とか、無理そうだなと考える。だから、夏希は可哀想なのだ。どれだけ待っても当分は進展しないだろう。

「団長が怪我をしたことで自分のことも考えてしまいました。僕もいずれ、そうなるのかと思ってしまって。このまま待つだけではダメなんじゃないか、とか。だけど、フィナちゃんの邪魔はしたくないし、騎士としての道を応援したいんです」

「好きなんだね、相変わらず」

「はい、好きです」

 きっぱりと言えちゃう辺りがうらやましい。だけど、フィナは夏希の気持ちを知らないのだ。わたしとすれば、フィナを困らせたとしても気持ちを全部伝えたらいいと思う。気持ちを知ってもらわなければ、男として意識さえしてもらえないはずだから。

「気持ちを伝えてみれば?」

「でも……」

「どれだけ相手のことを大事にしても、言葉にしなかったら伝わらないと思う。わたしも団長さんから『好き』って言われて、ようやく意識しだしたんだから。次の機会なんていつ来るかなんてわかんないし、早く伝えた方がいいよ」

「伝える……」

 「でも」だとか「だけど」だとか、モゴモゴこぼしている。もう少し相談に乗ってあげたかったけれど、どんどん夏希の声が遠ざかっていく。意識がもたなそうだ。

 やがて、聞こえなくなった。つまりはわたしが眠りに落ちたということだろう。
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Clap