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槍とカチューシャ(101~end)

第104話『馬の上で』

 式場の控え室を飛び出して、目に入るものをトランクに片っ端から積めた。シャーレンブレンドに何日いるかはわからないけれど、替えの下着くらいは必要だろう。上着もいくつか適当に詰めこんで、早々に部屋から出た。

 ――もしかしたら、間に合うかもしれない。そんな期待を抱いて、急いでガレーナの入り口まで走ったら、ちょうど見慣れた背中と馬を発見した。良かった、間に合ったのだ。

「夏希!」

 声の限りに叫べば、夏希は足を止めて振り返ってくれる。わたしの姿を見つけた夏希は晴れやかな表情を浮かべた。

「マキさん、やっぱり来てくれましたね」

「えっ、やっぱりって、待ってたの?」

「……とりあえずは進んでましたよ」

 ちょっと照れたようにはにかんで、夏希は暴露した。馬には乗らず、ゆっくりと歩を進めていたらしい。そのため、わたしは彼に追いつけたのだ。夏希の優しさに感謝しつつ、改めてお願いをしようと息を整えた。

「夏希、わたしも連れていってほしいの」

 シャーレンブレンドへ、速攻で。

「いいんですか?」

「うん、決めたの。ダメ?」

「いえ、ダメなわけありません。もちろんお連れしますよ」

 即答してくれた夏希は頼もしく、ほほえんでくれた。となれば、早くシャーレンブレンドへ向かうだけだ。

「じゃ、えーと、乗ってください。自力では無理ですよね?」

「まあね」

「失礼します」

 夏希は律儀に断りを入れたうえで、わたしとトランクを抱えあげる。あの細腕が大分たくましくなったようだ。軽々と女ひとりを抱えるようになった。

 親戚の子を見るような気持ちで成長を感じた。乗りなれていないわたしは、這いずるようにして馬の背中によじ登り、前寄りに位置を取る。夏希からトランクを受け取り、離さないように抱えた。夏希は、その後ろからわたしを囲いこむようにして、手綱をとった。

「団長に見つかったら、ボコボコにされそうですね」

「そう?」

 団長さんが嫉妬した場面なんか記憶にない。夏希や副団長には上司として厳しいようだけど、それは嫉妬ではないだろう。団長さんの顔を思い返していたら、何かを察したらしい夏希が頭を下げた。わたしの肩に影が差す。

「すみません。思い出させてしまって」

「別にいいよ。何も言わなくたって好きな人のことは思い出しちゃうんだから」

 いちいち団長さんの話題を出さなくても、わたしの頭のなかには彼の記憶で溢れている。だから、謝る必要はないのだ。

「えっと、あの、マキさん。団長のことを好きなんですか?」

 何を慌てているのだろう。

「言わなかったっけ? 一応、そういうことになったの。仕事を蹴ってここにいるのが何よりの証拠でしょ」

「ま、まあ、そうですね。驚いてしまって、なるほど、そうですか」

 どうやら、夏希は知らなかったらしい。わたしも自分の口から言わないし、団長さんも言いふらすような人ではなかった。

「と、とにかく……急ぎましょう」

 夏希は言葉通り、ゆっくりと慣らすように馬を歩かせてから、速度を上げた。おかげでガレーナは一気に遠ざかる。歩くより断然早い。風とともに色鮮やかな景色が後ろに通り過ぎていった。
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Clap