槍とカチューシャ(101~end)
第103話『図星』
エイダがドアを開けてくれて、わたしは導かれるまま、部屋のなかに足を踏み入れた。リーゼロッテ様と目が合って、会釈を交わす。奥に進むと、鏡の前の椅子に腰をかけたメルビナ様と対峙した。
「マキ、話は済んだの?」
「はい、済みました」
「慌てていたみたいだったけれど、どんな話だったのか聞いてもいい?」
話すことにためらいはある。自分ですら、まだ、心の整理がついていないのだ。でも、メルビナ様に隠しておくことは本意ではなかった。だから、先程の夏希から聞いた知らせをできるだけ感情をこめないように事務的に伝えた。
すべてを話終わると「……何をしているの?」と、冷ややかな声が聞こえた。
一瞬、誰の口から発せられた声なのか、わからなかった(本当はわかっていたけれど、信じられなかったというのが正しい)。しかし、わたしをにらみつける鋭い瞳を見つけて、メルビナ様がおっしゃったのだと確信した。
「なぜ、あなたはここにいるの? 心配じゃないの? 大事な人が怪我をして意識を失っているときに、この結婚式をちゃんと祝える? 心の底からわたしを祝福してくれるの?」
「はい」と答えなければならないのに、どうしても言葉にできなかった。メルビナ様の問いかけに対して何も言えず黙ってしまう。
だって、どうがんばったって、団長さんを頭から追い出すことなんてできそうにないのだ。彼を忘れることも、心のどこかに置き去りにすることも難しい。まして、祝福なんて無理かもしれない。何も答えられないわたしに、メルビナ様は呆れたようにため息をついた。
「あなたは確かにわたしの使用人かもしれない。でも、友達でしょ。友達が無理をして笑う顔なんて見たくない。後悔なんてしてほしくないの」
「わたくしもメルビナ様と同意見です」
話に割って入ってきたリーゼロッテ様も、いつになく厳しい表情でわたしを見つめた。そして、説教をする前触れのように深く息を吸った。
「それに使用人というのは、中途半端な気持ちで勤まるような仕事ではないですわ。ましてや結婚式で心から祝えない人にいてほしくはありません」
「そうよ。わたしもマキはここにいるべきじゃないと思う」
エイダにまでそんなことを言われてしまう。それでも、反論はできなかった。言われたことすべてが図星だった。
「マキの本心はどうなの?」
メルビナ様に痛い質問をされた。本心は単純なものだ。
団長さんに会いに行きたい。今すぐにでもこの部屋を飛び出してやりたい。夏希と一緒にシャーレンブレンドに行ってしまいたい。そう思ってしまう自分が情けなくて、すべてを引っくるめて頭を下げた。
「申し訳ありません」
「どうして、謝るの?」
「メルビナ様の大事な日なのに、わたしは好きな人のことばかり考えてしまいます。それが情けなくて」
「当たり前じゃない。好きな人のことを考えてしまうのはわたしも同じ。そのくらいで怒ると思っているの?」
そのくらい。メルビナ様の言葉に驚いて顔を上げれば、いつもの笑顔がわたしに向けられていた。
「言ったでしょ? わたしはあなたにしあわせになってほしいの。その気持ちはリーゼロッテだって、エイダだって同じはずよ」
リーゼロッテ様に視線を向けると、ほほえんでうなずいてくれる。先程の厳しい口調が嘘のようだ。エイダは目を赤くさせて、「もちろん」と答えてくれた。ふたりの優しさを感じて、思わず、わたしの涙腺がゆるんだ。
「ね、そうでしょ?」
メルビナ様はせっかく施されたメイクの上に涙をこぼされた。筋になって流れていく。
何でこんなに優しいのだろう。3人を前にして、わたしは心から伝えたいと思った。
「ありがとうございます」
もう一度、深く頭を下げた。これくらいで感謝の気持ちが伝わるとは思わないけれど、どうしても言葉や態度で伝えたかった。
「メルビナ様、お願いがございます。わたしに暇をいただきたいです」
「わかりました、マキ。あなたに暇を与えます。でも、団長さんの無事を確かめたら帰ってきてね。待ってるから」
「はい、もちろん」
泣き笑いの返事は使用人としてはマイナスだけれど、友達としては合格のようだった。みんなの優しさに見送られて、わたしはガレーナを後にすることになった。
エイダがドアを開けてくれて、わたしは導かれるまま、部屋のなかに足を踏み入れた。リーゼロッテ様と目が合って、会釈を交わす。奥に進むと、鏡の前の椅子に腰をかけたメルビナ様と対峙した。
「マキ、話は済んだの?」
「はい、済みました」
「慌てていたみたいだったけれど、どんな話だったのか聞いてもいい?」
話すことにためらいはある。自分ですら、まだ、心の整理がついていないのだ。でも、メルビナ様に隠しておくことは本意ではなかった。だから、先程の夏希から聞いた知らせをできるだけ感情をこめないように事務的に伝えた。
すべてを話終わると「……何をしているの?」と、冷ややかな声が聞こえた。
一瞬、誰の口から発せられた声なのか、わからなかった(本当はわかっていたけれど、信じられなかったというのが正しい)。しかし、わたしをにらみつける鋭い瞳を見つけて、メルビナ様がおっしゃったのだと確信した。
「なぜ、あなたはここにいるの? 心配じゃないの? 大事な人が怪我をして意識を失っているときに、この結婚式をちゃんと祝える? 心の底からわたしを祝福してくれるの?」
「はい」と答えなければならないのに、どうしても言葉にできなかった。メルビナ様の問いかけに対して何も言えず黙ってしまう。
だって、どうがんばったって、団長さんを頭から追い出すことなんてできそうにないのだ。彼を忘れることも、心のどこかに置き去りにすることも難しい。まして、祝福なんて無理かもしれない。何も答えられないわたしに、メルビナ様は呆れたようにため息をついた。
「あなたは確かにわたしの使用人かもしれない。でも、友達でしょ。友達が無理をして笑う顔なんて見たくない。後悔なんてしてほしくないの」
「わたくしもメルビナ様と同意見です」
話に割って入ってきたリーゼロッテ様も、いつになく厳しい表情でわたしを見つめた。そして、説教をする前触れのように深く息を吸った。
「それに使用人というのは、中途半端な気持ちで勤まるような仕事ではないですわ。ましてや結婚式で心から祝えない人にいてほしくはありません」
「そうよ。わたしもマキはここにいるべきじゃないと思う」
エイダにまでそんなことを言われてしまう。それでも、反論はできなかった。言われたことすべてが図星だった。
「マキの本心はどうなの?」
メルビナ様に痛い質問をされた。本心は単純なものだ。
団長さんに会いに行きたい。今すぐにでもこの部屋を飛び出してやりたい。夏希と一緒にシャーレンブレンドに行ってしまいたい。そう思ってしまう自分が情けなくて、すべてを引っくるめて頭を下げた。
「申し訳ありません」
「どうして、謝るの?」
「メルビナ様の大事な日なのに、わたしは好きな人のことばかり考えてしまいます。それが情けなくて」
「当たり前じゃない。好きな人のことを考えてしまうのはわたしも同じ。そのくらいで怒ると思っているの?」
そのくらい。メルビナ様の言葉に驚いて顔を上げれば、いつもの笑顔がわたしに向けられていた。
「言ったでしょ? わたしはあなたにしあわせになってほしいの。その気持ちはリーゼロッテだって、エイダだって同じはずよ」
リーゼロッテ様に視線を向けると、ほほえんでうなずいてくれる。先程の厳しい口調が嘘のようだ。エイダは目を赤くさせて、「もちろん」と答えてくれた。ふたりの優しさを感じて、思わず、わたしの涙腺がゆるんだ。
「ね、そうでしょ?」
メルビナ様はせっかく施されたメイクの上に涙をこぼされた。筋になって流れていく。
何でこんなに優しいのだろう。3人を前にして、わたしは心から伝えたいと思った。
「ありがとうございます」
もう一度、深く頭を下げた。これくらいで感謝の気持ちが伝わるとは思わないけれど、どうしても言葉や態度で伝えたかった。
「メルビナ様、お願いがございます。わたしに暇をいただきたいです」
「わかりました、マキ。あなたに暇を与えます。でも、団長さんの無事を確かめたら帰ってきてね。待ってるから」
「はい、もちろん」
泣き笑いの返事は使用人としてはマイナスだけれど、友達としては合格のようだった。みんなの優しさに見送られて、わたしはガレーナを後にすることになった。