槍とカチューシャ(101~end)
第102話『恐れていたこと』
わたしはこの日を恐れていた。団長さんがわたしのなかで存在を大きく占めるようになってから、ずっと恐かった。
どうしたらいいのかわからなくなって、うつむくと、自分の指先が震えているのに気づいた。どうにか、指を強く握って震えをやめさせる。
震えている場合ではない。わたしは聞かなくてはならない。冷静になって夏希から聞き出さなくてはいけないのだ。
顔を上げて、夏希をまっすぐに見つめた。彼は緊張したような強ばった表情をしていた。
「怪我ってそんなにひどいの?」
「僕が聞いた話では、矢が体に当たり落馬をしたそうです。現在は医務室で意識が戻るのを待っています。副団長からすぐにマキさんへ知らせろと命じられました。できれば、連れてきてほしいと」
説明よりも夏希の泣き顔で、切羽詰まった状況であることは理解できた。騎士が落馬するなんて、あの団長さんが意識がないだなんて、聞いただけでは信じられない。この目で確かめるまでは信じられるはずがなかった。
早く団長さんのもとに駆けつけたい。表情を確かめて、できることなら彼の世話をしたい。それが今の気持ちだった。でも、今日がどんな日であるのか、忘れてはいない。
今日はメルビナ様の結婚式。使用人としての大仕事だ。ずっと、この日のために準備もしてきた。
「ごめん。わたし、今日だけはガレーナを離れるわけにはいかないの」
「わかってます。マキさんがお仕えしているお嬢様の結婚式なのでしょう? 明日まで待ちたいところですが、そうも言っていられません。僕はすぐにここを発たないとならないのです。申し訳ありません」
「謝らないで。仕方ないんだから」
人生はうまくはいかない。わかっていたはずだ。元の世界でもこちらに来ても、自分の思い通りになる世界はなかった。
それなら、結婚式が終わったら、暇をもらおう。すぐにガレーナを発つ。自分の足ではかなり時間がかかるだろう。でも、必ず団長さんに会いに行く。そう決めた。
「それではマキさん、僕はこれで」
夏希が立ち上がる。
「わざわざ知らせてくれてありがとう」
夏希は「いいえ」なんて言って、行儀よく頭を下げてくる。こういったかたちの再会でなければ、喜んで色んな話をしただろうに。「闘技大会おめでとう」と声をかけたかったけれど、そのタイミングではなかった。
「またね」
「マキさん、お元気で」
夏希はその場を立ち去る。遠ざかる背中をじっと見つめているわけにはいかなかった。わたしには仕事がある。うつむきそうになる顔をどうにか正面に向けて、控え室のドアをノックした。
わたしはこの日を恐れていた。団長さんがわたしのなかで存在を大きく占めるようになってから、ずっと恐かった。
どうしたらいいのかわからなくなって、うつむくと、自分の指先が震えているのに気づいた。どうにか、指を強く握って震えをやめさせる。
震えている場合ではない。わたしは聞かなくてはならない。冷静になって夏希から聞き出さなくてはいけないのだ。
顔を上げて、夏希をまっすぐに見つめた。彼は緊張したような強ばった表情をしていた。
「怪我ってそんなにひどいの?」
「僕が聞いた話では、矢が体に当たり落馬をしたそうです。現在は医務室で意識が戻るのを待っています。副団長からすぐにマキさんへ知らせろと命じられました。できれば、連れてきてほしいと」
説明よりも夏希の泣き顔で、切羽詰まった状況であることは理解できた。騎士が落馬するなんて、あの団長さんが意識がないだなんて、聞いただけでは信じられない。この目で確かめるまでは信じられるはずがなかった。
早く団長さんのもとに駆けつけたい。表情を確かめて、できることなら彼の世話をしたい。それが今の気持ちだった。でも、今日がどんな日であるのか、忘れてはいない。
今日はメルビナ様の結婚式。使用人としての大仕事だ。ずっと、この日のために準備もしてきた。
「ごめん。わたし、今日だけはガレーナを離れるわけにはいかないの」
「わかってます。マキさんがお仕えしているお嬢様の結婚式なのでしょう? 明日まで待ちたいところですが、そうも言っていられません。僕はすぐにここを発たないとならないのです。申し訳ありません」
「謝らないで。仕方ないんだから」
人生はうまくはいかない。わかっていたはずだ。元の世界でもこちらに来ても、自分の思い通りになる世界はなかった。
それなら、結婚式が終わったら、暇をもらおう。すぐにガレーナを発つ。自分の足ではかなり時間がかかるだろう。でも、必ず団長さんに会いに行く。そう決めた。
「それではマキさん、僕はこれで」
夏希が立ち上がる。
「わざわざ知らせてくれてありがとう」
夏希は「いいえ」なんて言って、行儀よく頭を下げてくる。こういったかたちの再会でなければ、喜んで色んな話をしただろうに。「闘技大会おめでとう」と声をかけたかったけれど、そのタイミングではなかった。
「またね」
「マキさん、お元気で」
夏希はその場を立ち去る。遠ざかる背中をじっと見つめているわけにはいかなかった。わたしには仕事がある。うつむきそうになる顔をどうにか正面に向けて、控え室のドアをノックした。