槍とカチューシャ(101~end)
第101話『結婚式直前』
使用人はやめない。そのことは定期的に送っている団長さんへの手紙にもしっかり書いた。あなたの妻になる気は当分ないことも合わせて。
それに対して、団長さんからの返事は来なかった。いつもならすぐに返事が来るのに、今回だけは遅い気がした。
ここまで明らかな差を感じると、不安な気持ちが頭をよぎった。もし、こんなわたしに団長さんが呆れてしまっているのだとしたら返事は来ないかもしれない。彼はいつまでも待つとは言ったけれど、もう待つ気はなくなったのかもしれない。
ありえない話ではない。わたしは自分勝手だし、団長さんの相手にはきっと、ふさわしくない。わかっていたはずだ。それでも、わたしを応援してくれると信じていた。だから、その分、つらい。
団長さんとはそんなに長いこと一緒でなかったけれど、想像しただけでバカみたいに胸が苦しくなった。
いつの間にか朝が来て、窓の外を眺めれば、本来なら目が覚めるような眩しい晴天だった。今日は待ちに待ったメルビナ様の大事な結婚式だ。
メルビナ様にとって大事な日なのに、寝不足の顔がひどい。気合いの入っていない自分が情けない。どうにか散らばった気合いをかき集めて、式場の控え室に移動する。使用人として、準備をはじめた。
鏡の前に座るメルビナ様は純白のドレスに身を包まれている。エイダいわく、メルビナ様の可愛らしさと大人っぽさを兼ね備えたドレスらしい。確かに、鎖骨を出して胸元が開けた姿ははじめて拝見した。妖精に例えられるメルビナ様も、立派な女性のおひとりだった。
わたしはそのドレスに合わせて、美しく艶やかな髪の毛を大きく編みこんでいく。リーゼロッテ様仕こみのやり方だ。頭のてっぺんでまとめて、ガレーナ産の色とりどりの花を差して髪を飾れば、どんな高価な宝石よりも輝いた。
この日のためにと、未来の旦那様からいただいたイヤリングとネックレスも身につけられた。メルビナ様の横顔はお化粧をほどこされただけではない、しあわせなオーラを全身から放っていて美しかった。
「ありがとう」
鏡のなかのメルビナ様にほほえまれる。今はそのあたたかさを受けただけで、鼻がつんと痛む。
涙をこらえると鏡のなかのわたしは眉根を寄せて、団長さんみたいな不機嫌な顔になった。
こんなどうでもいいところで、団長さんを思い出してまた胸が苦しくなる。そんな自分に嫌気が差してきた。メルビナ様にとって大事な日なのに、わたしは自分のことで頭がいっぱいだ。最低だ。
メルビナ様からの「マキ、どうしたの?」という問いかけに、どうにか、「いえ」と答えるのがやっとだった。
メルビナ様はまだ納得されたようではなく、何かをおっしゃろうと口を開きかけたとき、ノックがされた。三つ編みの使用人の子が呼びに来たのだ。付き添いの方がご到着されたのかと思ったけれど、部屋に現れた彼女の様子がおかしい。
焦れたようなリーゼロッテ様が「何ですか?」とたずねると、「マキ様にお会いしたいという方がいらして」と続けようとした。
しかし言うよりも早く、通路が騒がしくなってきた。何者かの足音が近づいてくる。使用人でないのはわかる。使用人ならば、音を立てずに歩くのが基本だからだ。
足音は確実にこの部屋に近づいてきた。止まる。
「す、すみません! あの通して」
使用人の子に頭を下げて、部屋に押し入ってくる。金色の髪の毛は大分短くなっていたし、体は一回りも大きくなっていたけれど、わたしにはわかった。青い瞳は相変わらずまっすぐで、何のにごりもない。
「夏希」
名前を呼べば、「マキさん」とちゃんと答えてくれる。いつものように優しく笑ってくれるかと思ったのに、彼は顔を歪ませた。額にしわを寄せ、唇をとがらせる。まるで子どもみたいに泣き出したのだ。
こちらとすれば、「えー」と叫びたくなる。わたしより年上で騎士団所属なのに、やっぱりどこでも夏希だった。
「メルビナ様、申し訳ありません。彼はわたしの友人で。シャーレンブレンドの騎士団のひとりです。ふたりで話をさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ、そうして」
メルビナ様からのご厚意に甘えて、夏希を控え室から出した。通路にあった長椅子に座らせて、わたしは夏希の頭を見下ろした。
椅子に落ち着いた夏希は冷静になってきたのか、ようやく泣き止んた。
「ありがとうございます」ぐずっと鼻を鳴らして、立派な体格が台無しだ。
「で、どうしたの?」
「マキさん、落ち着いて聞いてください」
「うん」
わたしは確かに落ち着いて聞いていた気がする。話をしている夏希よりも冷静さを保てる自信があったから。しかし、夏希から知らされたときの記憶は、すっぽりと抜け落ちた。夏希は放心状態のわたしにもう一度告げた。
「団長が任務中に怪我を負いました」
使用人はやめない。そのことは定期的に送っている団長さんへの手紙にもしっかり書いた。あなたの妻になる気は当分ないことも合わせて。
それに対して、団長さんからの返事は来なかった。いつもならすぐに返事が来るのに、今回だけは遅い気がした。
ここまで明らかな差を感じると、不安な気持ちが頭をよぎった。もし、こんなわたしに団長さんが呆れてしまっているのだとしたら返事は来ないかもしれない。彼はいつまでも待つとは言ったけれど、もう待つ気はなくなったのかもしれない。
ありえない話ではない。わたしは自分勝手だし、団長さんの相手にはきっと、ふさわしくない。わかっていたはずだ。それでも、わたしを応援してくれると信じていた。だから、その分、つらい。
団長さんとはそんなに長いこと一緒でなかったけれど、想像しただけでバカみたいに胸が苦しくなった。
いつの間にか朝が来て、窓の外を眺めれば、本来なら目が覚めるような眩しい晴天だった。今日は待ちに待ったメルビナ様の大事な結婚式だ。
メルビナ様にとって大事な日なのに、寝不足の顔がひどい。気合いの入っていない自分が情けない。どうにか散らばった気合いをかき集めて、式場の控え室に移動する。使用人として、準備をはじめた。
鏡の前に座るメルビナ様は純白のドレスに身を包まれている。エイダいわく、メルビナ様の可愛らしさと大人っぽさを兼ね備えたドレスらしい。確かに、鎖骨を出して胸元が開けた姿ははじめて拝見した。妖精に例えられるメルビナ様も、立派な女性のおひとりだった。
わたしはそのドレスに合わせて、美しく艶やかな髪の毛を大きく編みこんでいく。リーゼロッテ様仕こみのやり方だ。頭のてっぺんでまとめて、ガレーナ産の色とりどりの花を差して髪を飾れば、どんな高価な宝石よりも輝いた。
この日のためにと、未来の旦那様からいただいたイヤリングとネックレスも身につけられた。メルビナ様の横顔はお化粧をほどこされただけではない、しあわせなオーラを全身から放っていて美しかった。
「ありがとう」
鏡のなかのメルビナ様にほほえまれる。今はそのあたたかさを受けただけで、鼻がつんと痛む。
涙をこらえると鏡のなかのわたしは眉根を寄せて、団長さんみたいな不機嫌な顔になった。
こんなどうでもいいところで、団長さんを思い出してまた胸が苦しくなる。そんな自分に嫌気が差してきた。メルビナ様にとって大事な日なのに、わたしは自分のことで頭がいっぱいだ。最低だ。
メルビナ様からの「マキ、どうしたの?」という問いかけに、どうにか、「いえ」と答えるのがやっとだった。
メルビナ様はまだ納得されたようではなく、何かをおっしゃろうと口を開きかけたとき、ノックがされた。三つ編みの使用人の子が呼びに来たのだ。付き添いの方がご到着されたのかと思ったけれど、部屋に現れた彼女の様子がおかしい。
焦れたようなリーゼロッテ様が「何ですか?」とたずねると、「マキ様にお会いしたいという方がいらして」と続けようとした。
しかし言うよりも早く、通路が騒がしくなってきた。何者かの足音が近づいてくる。使用人でないのはわかる。使用人ならば、音を立てずに歩くのが基本だからだ。
足音は確実にこの部屋に近づいてきた。止まる。
「す、すみません! あの通して」
使用人の子に頭を下げて、部屋に押し入ってくる。金色の髪の毛は大分短くなっていたし、体は一回りも大きくなっていたけれど、わたしにはわかった。青い瞳は相変わらずまっすぐで、何のにごりもない。
「夏希」
名前を呼べば、「マキさん」とちゃんと答えてくれる。いつものように優しく笑ってくれるかと思ったのに、彼は顔を歪ませた。額にしわを寄せ、唇をとがらせる。まるで子どもみたいに泣き出したのだ。
こちらとすれば、「えー」と叫びたくなる。わたしより年上で騎士団所属なのに、やっぱりどこでも夏希だった。
「メルビナ様、申し訳ありません。彼はわたしの友人で。シャーレンブレンドの騎士団のひとりです。ふたりで話をさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ、そうして」
メルビナ様からのご厚意に甘えて、夏希を控え室から出した。通路にあった長椅子に座らせて、わたしは夏希の頭を見下ろした。
椅子に落ち着いた夏希は冷静になってきたのか、ようやく泣き止んた。
「ありがとうございます」ぐずっと鼻を鳴らして、立派な体格が台無しだ。
「で、どうしたの?」
「マキさん、落ち着いて聞いてください」
「うん」
わたしは確かに落ち着いて聞いていた気がする。話をしている夏希よりも冷静さを保てる自信があったから。しかし、夏希から知らされたときの記憶は、すっぽりと抜け落ちた。夏希は放心状態のわたしにもう一度告げた。
「団長が任務中に怪我を負いました」