槍とカチューシャ(1~50)
第10話『年上と年下』
長く馬に乗るのは、思ったよりも大変なことだった。慣れないこともあって、同じ姿勢で乗り続けるのはやっぱり疲れる。
わたしだけでなく、他の女の子たちも馬の上でぐったりしていた。そんな女の子たちを見ても、顔色ひとつ変えない騎士のプロ意識は、すごいものだ(悪い意味で)。
少しは女性に気を使えという感じで後ろの団長さんをにらみつけるけれど、あんまり効果はない。前を向いていろと言うように、分厚い手がわたしの顔を無理やり正面に戻されただけだった。
団長さんの性格を表したような騎士団のせいで、ヘトヘトになりながら、ようやく村にたどり着いた。今夜はこの村に泊まるらしい。
木造の厩舎に馬を預ける騎士を見送って、残りの騎士と女の子たちは宿屋へと入っていく。
わたしは集団からひとりはぐれて、空を仰いでみた。もう辺りは薄暗い雰囲気で高いところに星が瞬いている。村の周りには星空の邪魔になる光も建物もない。
「ここが異世界なんて信じらんない」
星もあるのに。月は見えないけれど、そのくらいではあまり違いはないように思う。
枝の折れる小さな音がした。人が近づいてくる気配がしたけれど、わたしは顔をそらすのが面倒で、空に目を向けたままにした。
「僕もそうでした」
夜に合うような落ち着いた声が耳に届く。青い瞳は見られなくて、代わりに顎の辺りを眺める。隣に立つ夏希の背が高く感じた。
「戻れないの?」
「戻ったことはないですね」
「一度も?」
「一度もないです」
元の世界からやってきたように、こちらから戻ることはできないのだと夏希は言う。
「夏希くんはどのくらいこの世界にいるの?」
「もう5年です。15歳の頃から」
5年もいるのか。15歳の頃からということは、夏希は今、20歳という計算になる。
「えっ? 20歳?」
「ええ、そうですよ」
星空に向けられていた瞳が丸くなってこちらを見てくる。20歳だなんて思わなかった。わたしより年下だと思っていたのに、1個上だとは意外だった。タメ口で話していたし、夏希くんとか馴れ馴れしく呼んでしまった。
「20歳には見えないって言われない?」
「あー、童顔ですからね」
確かに小顔だし、男らしい骨格をしていないから、そう見えても仕方ないだろう。
「うらやましい。わたし、年上に見られるから」
「まあ、確かに大人っぽいですよね」
大人っぽいイコール老け顔だと卑屈に思わないようにしよう。それに、夏希には本当の年齢は教えないようにしよう。
老夫婦みたいに夏希と並んで星空を眺めていたら、地面をえぐるような重い音がした。団長さん、歩いているだけなのに、音を立てすぎだ。しかも、背の高い団長さんがわたしの後ろから現れて、威圧感がすごい。低い声で夏希に話しかける。
「早くしろ」とか「早く来い」とでも言ったのかもしれない。団長さんはわざわざ呼びに来たのか。夏希はうなずいて、「マキさん、そろそろ参りましょう」と伝えた。
わたしは夏希にうなずいてみせてから、何となく団長さんに視線を移した。見なきゃよかった。団長さんの鋭い眼光がなぜか、わたしに注がれていたから。
長く馬に乗るのは、思ったよりも大変なことだった。慣れないこともあって、同じ姿勢で乗り続けるのはやっぱり疲れる。
わたしだけでなく、他の女の子たちも馬の上でぐったりしていた。そんな女の子たちを見ても、顔色ひとつ変えない騎士のプロ意識は、すごいものだ(悪い意味で)。
少しは女性に気を使えという感じで後ろの団長さんをにらみつけるけれど、あんまり効果はない。前を向いていろと言うように、分厚い手がわたしの顔を無理やり正面に戻されただけだった。
団長さんの性格を表したような騎士団のせいで、ヘトヘトになりながら、ようやく村にたどり着いた。今夜はこの村に泊まるらしい。
木造の厩舎に馬を預ける騎士を見送って、残りの騎士と女の子たちは宿屋へと入っていく。
わたしは集団からひとりはぐれて、空を仰いでみた。もう辺りは薄暗い雰囲気で高いところに星が瞬いている。村の周りには星空の邪魔になる光も建物もない。
「ここが異世界なんて信じらんない」
星もあるのに。月は見えないけれど、そのくらいではあまり違いはないように思う。
枝の折れる小さな音がした。人が近づいてくる気配がしたけれど、わたしは顔をそらすのが面倒で、空に目を向けたままにした。
「僕もそうでした」
夜に合うような落ち着いた声が耳に届く。青い瞳は見られなくて、代わりに顎の辺りを眺める。隣に立つ夏希の背が高く感じた。
「戻れないの?」
「戻ったことはないですね」
「一度も?」
「一度もないです」
元の世界からやってきたように、こちらから戻ることはできないのだと夏希は言う。
「夏希くんはどのくらいこの世界にいるの?」
「もう5年です。15歳の頃から」
5年もいるのか。15歳の頃からということは、夏希は今、20歳という計算になる。
「えっ? 20歳?」
「ええ、そうですよ」
星空に向けられていた瞳が丸くなってこちらを見てくる。20歳だなんて思わなかった。わたしより年下だと思っていたのに、1個上だとは意外だった。タメ口で話していたし、夏希くんとか馴れ馴れしく呼んでしまった。
「20歳には見えないって言われない?」
「あー、童顔ですからね」
確かに小顔だし、男らしい骨格をしていないから、そう見えても仕方ないだろう。
「うらやましい。わたし、年上に見られるから」
「まあ、確かに大人っぽいですよね」
大人っぽいイコール老け顔だと卑屈に思わないようにしよう。それに、夏希には本当の年齢は教えないようにしよう。
老夫婦みたいに夏希と並んで星空を眺めていたら、地面をえぐるような重い音がした。団長さん、歩いているだけなのに、音を立てすぎだ。しかも、背の高い団長さんがわたしの後ろから現れて、威圧感がすごい。低い声で夏希に話しかける。
「早くしろ」とか「早く来い」とでも言ったのかもしれない。団長さんはわざわざ呼びに来たのか。夏希はうなずいて、「マキさん、そろそろ参りましょう」と伝えた。
わたしは夏希にうなずいてみせてから、何となく団長さんに視線を移した。見なきゃよかった。団長さんの鋭い眼光がなぜか、わたしに注がれていたから。