クサいけどいい匂い
第7話
コルセットを前でつける。ペティコートの上から、あまり派手すぎない薄い黄色のドレスを着た。髪の毛をひとまとめにして、帽子をつける。師匠からのおみやげの香水を振りかけてみる。やはり臭いが落ちている気がしない。でも、最後までやりきると決めていた。どんなにおかしい姿に映ったとしたって、これがわたしなのだから。
今日、トマに会いに行く。会って、すべてを告げる。
ギルドまで足を運んだことは今までなかった。だけれど、場所くらいはわかっている。商店が立ち並ぶ裏の通りにひっそりとたたずんでいる場所。1階は酒場になっていて、2階はおそらくギルドの人たちが住んでいるのだろう。トマも2階に住んでいるのかもしれない。酒場に入ると、ドミナスさんが出迎えてくれた。そして、紅茶をいれてくれた。
カウンターの席に座り、ティーカップを口元に近づけた。
「いい香りですね」
「でしょう」ドミナスさんは微笑む。
「お腹は良くなりましたか?」
「すっかり良くなったよ、ありがとう。薬のおかげだね」
「そうですか、良かったです」
「それにしても、わざわざ来てくれるとは思わなかったな」
「あの、今日はご挨拶に回る予定で」
「というと?」本当はドミナスさんじゃなくて、真っ先にトマに告げたかった。でも、仕方ない。現実は思ったようには行かないようだ。
「実は……」
「おい!」大声が聞こえてくる。振り向けば、入り口にトマが立っていた。
「トマ、お客さんに失礼だろう」
ドミナスさんの瞳が鋭くとがって見えた。それでもトマはひるむことなく、わたしを殺しかねないほどの険しい目でにらみつけた。
「ミラナ 、話がある」
ドミナスさんはわたしに視線を送る。トマの話とは何なのか。まったく想像はつかなかった。けれど、わたしだって大事な話があるのだ。腰を上げた。ドレスの裾がはらりと落ちた。トマの前に立つ。
酒場を出ると、トマの足は止まらず、先を行った。広場を通って、街を流れる水路前の道を歩く。どんどん先へと行ってしまい、わたしとの距離が開いた。
アリーサさんなら簡単に追いつくのだろう。でも、わたしには難しい。倍ほどの歩幅を詰めることができない。アリーサさんならと、勝手に嫉妬して、敵わないと落ちこんでしまう。
トマと一緒にいたら、こんなことを何度、繰り返すんだろう。どんどん自分が嫌な人間になっていく気がして恐い。
水路に架かった橋の上で、わたしは足を止めた。すると、トマはようやく後ろを振り返って、引き返してきた。眉間にシワを寄せて。
「いきなり、止まんなよ」
「だって、わたしの足じゃ、トマに追いつけない」
「悪いな。アリーサとは違うってこと忘れてた」
やっぱり、アリーサさんなら追いつくのだ。ちゃんと、並んで歩ける。隣で寄り添える。ふたりの姿を想像すると、また、胸の奥が痛んだ。
「わたしはアリーサさんじゃない」
「当たり前だろ。あいつはドミナスに仕こまれた中でも最強だからな。俺としては女の皮を被った化け物、魔王だと思ってる」
言い過ぎじゃないかと思ったけれど、トマの血の気のひいた顔は真実な気がした。急に自分のどす黒い気持ちが馬鹿馬鹿しく感じる。橋の手すりに寄りかかって、ふたりで水路を眺めた。
コルセットを前でつける。ペティコートの上から、あまり派手すぎない薄い黄色のドレスを着た。髪の毛をひとまとめにして、帽子をつける。師匠からのおみやげの香水を振りかけてみる。やはり臭いが落ちている気がしない。でも、最後までやりきると決めていた。どんなにおかしい姿に映ったとしたって、これがわたしなのだから。
今日、トマに会いに行く。会って、すべてを告げる。
ギルドまで足を運んだことは今までなかった。だけれど、場所くらいはわかっている。商店が立ち並ぶ裏の通りにひっそりとたたずんでいる場所。1階は酒場になっていて、2階はおそらくギルドの人たちが住んでいるのだろう。トマも2階に住んでいるのかもしれない。酒場に入ると、ドミナスさんが出迎えてくれた。そして、紅茶をいれてくれた。
カウンターの席に座り、ティーカップを口元に近づけた。
「いい香りですね」
「でしょう」ドミナスさんは微笑む。
「お腹は良くなりましたか?」
「すっかり良くなったよ、ありがとう。薬のおかげだね」
「そうですか、良かったです」
「それにしても、わざわざ来てくれるとは思わなかったな」
「あの、今日はご挨拶に回る予定で」
「というと?」本当はドミナスさんじゃなくて、真っ先にトマに告げたかった。でも、仕方ない。現実は思ったようには行かないようだ。
「実は……」
「おい!」大声が聞こえてくる。振り向けば、入り口にトマが立っていた。
「トマ、お客さんに失礼だろう」
ドミナスさんの瞳が鋭くとがって見えた。それでもトマはひるむことなく、わたしを殺しかねないほどの険しい目でにらみつけた。
「
ドミナスさんはわたしに視線を送る。トマの話とは何なのか。まったく想像はつかなかった。けれど、わたしだって大事な話があるのだ。腰を上げた。ドレスの裾がはらりと落ちた。トマの前に立つ。
酒場を出ると、トマの足は止まらず、先を行った。広場を通って、街を流れる水路前の道を歩く。どんどん先へと行ってしまい、わたしとの距離が開いた。
アリーサさんなら簡単に追いつくのだろう。でも、わたしには難しい。倍ほどの歩幅を詰めることができない。アリーサさんならと、勝手に嫉妬して、敵わないと落ちこんでしまう。
トマと一緒にいたら、こんなことを何度、繰り返すんだろう。どんどん自分が嫌な人間になっていく気がして恐い。
水路に架かった橋の上で、わたしは足を止めた。すると、トマはようやく後ろを振り返って、引き返してきた。眉間にシワを寄せて。
「いきなり、止まんなよ」
「だって、わたしの足じゃ、トマに追いつけない」
「悪いな。アリーサとは違うってこと忘れてた」
やっぱり、アリーサさんなら追いつくのだ。ちゃんと、並んで歩ける。隣で寄り添える。ふたりの姿を想像すると、また、胸の奥が痛んだ。
「わたしはアリーサさんじゃない」
「当たり前だろ。あいつはドミナスに仕こまれた中でも最強だからな。俺としては女の皮を被った化け物、魔王だと思ってる」
言い過ぎじゃないかと思ったけれど、トマの血の気のひいた顔は真実な気がした。急に自分のどす黒い気持ちが馬鹿馬鹿しく感じる。橋の手すりに寄りかかって、ふたりで水路を眺めた。