クサいけどいい匂い
第5話
今日も呼び鈴が鳴った。トマだと思い、足早にエントランスに向かう。
でも、ひとりじゃなかった。トマの隣に女性が立っている。彼女の背はトマの頭ひとつ分、低い。ギルドの軽装鎧を纏い、白銀の髪を後ろでひとつにまとめている。瞳はよく動いて、わたしと視線が合うとニコッと笑った。
「どうも、はじめまして。トマの相棒のアリーサといいます。よろしく」
アリーサさんはわたしに握手を求めた。少し戸惑いはしたけれど、人見知りするほどでもないので、「ミラナです」と、握手に応じた。アリーサさんは本当によく笑うので、わたしもつられて笑った。
「トマがいつもお世話になってます」
アリーサさんは妻のような口ぶりで、トマの腕に自分の手をそえる。その手は決して綺麗とは言えない。けれど、剣だこは擦り傷の跡は、何度となくトマを助けてきた証かもしれない。そう考えると、感心しなければおかしいのに、もやもやと嫌な気分が胸の辺りに居座った。
トマは「離れろ」と言ってアリーサさんの手を解こうとした。しかし、アリーサさんは「相棒でしょ」と、がっつり腕を掴む。おそらく、相当な力だ。服がシワくちゃになった。仲良さそうなふたりを眺めながら、とにかく、会話を探す。
「今日はおふたりなんですね」
トマ相手によそ行きの言葉遣いなのがおかしかったけれど、アリーサさんがいる手前、丁寧な言葉を選んだ。
「こいつが勝手についてきた」
「あんたがこそこそしてるからでしょ」
「こそこそなんてしてねえ」
「してるし」
相棒だけあって、ふたりの息はぴったりだ。わたしに入る隙はない。同じ場所にいるのに、別の場所から見ているような感覚がする。
「まさか、こんな可愛い人と会ってるなんて」
アリーサさんはわたしを見て言った。もちろん、お世辞であることはわかっていた。でも、「はあ? 可愛いってどこが?」なんて、トマが言うのは間違っていると思う。
「お肌がつやつやしてるし、真っ白。ちょっと、頬が赤いのも、触りたくなっちゃう」
アリーサさんの手がわたしの方に伸びる。不健康な青白い肌を良い具合に表現してもらえるのは嬉しい。きっと、頬が赤いのも「可愛い」なんて言われていないからだ。
女性だし、頬くらい触らせてもいいか、くらいは思っていた。でも、それを邪魔したのはトマだった。
「触んな」トマはうなるような低い声で、アリーサさんの手を払いのける。
「ふーん。それに、言ってたほど臭くないじゃない。あんたなんじゃないの、臭いって噂を流したの」
アリーサさんは鼻をくんくんさせた後、トマに向き合ってそんなことを言った。もちろん、「そんなわけあるか!」と激怒である。
アリーサさんには申し訳ないけれど、臭いのは確かだ。噂は間違っていない。
「こいつ自体はそんなに……くさくねえし。俺が言ってんのはこの店と作業場だ」
驚いた。トマがかばうように言ってくれるなんて、予想していなかった。大体トマは悪態はついても、お世辞なんて言う柄ではない。少しは言葉のままを信じてみてもいいかもしれない。期待しないように“少しは”だけど。
「確かに」アリーサさんもうなずいてくれる。悪い気分じゃなかった。そして、アリーサさんは、わたしに人の良さそうな笑顔を向けた。
「あ、ドミナスがいつもありがとうって言ってました。お腹を下したときには、あなたの薬が一番だって。トマ、どうせ、伝えてないでしょ」
「うるせえな」
トマの声が聞こえたけれど、アリーサさんの言葉を受けて、胸の辺りが暖かくなった。やっぱり、誉められれば嬉しい。自分のやっていることが間違っていないと思うから。
「ありがとうございます」
ほんの少しだけ涙声になってしまったのは、許してほしい。でも、ふたりは目を見合わせただけで、深く追求してこなかった。その気づかいがありがたかった。
ひとまず落ち着いたところで、ふたりを客間に通す。今回は毒消し薬だった。しかも、数は20。どうしてこんなにも、とたずねたら、トマは「暗殺を失敗したらしい」と物騒な話をしてくれた。
アリーサさんいわく、「ふたりは好き合っているけど、素直になれなくて。女性のほうが男性を殺そうとしている」とか。「今は毒薬を仕こんで殺そうとしているから、念のため、ギルドの皆にも毒消し薬を用意しておきたい」とのことだった。あまりよくわからないけれど、男女のもつれは難しいらしい。
在庫はあったので、それを渡して、ふたりは仲良く帰っていった。わたしひとりになると、店に静寂が返ってくる。ようやく貼りつけていた笑顔を解いた。瞼を下ろす。
見送ったふたりの姿は、お似合いだった。きっと、対等な関係だから、あんな言い合いもできるのだろう。お互いの命を預けられるから、“相棒”なのだろう。これまでも、そしてこれからも、ずっと一緒にやっていくのだ。仲むつまじいふたりの姿を想像した。
――今、胸が痛くなった。針に刺されたみたいに痛かった。まさかと首を横に振っても、確かに最近のわたしは、トマの顔ばかりが頭に浮かぶ。ドレスも洗濯した。フリルも新しくした。完全に浮わついている。商店の前を歩いたとき、胸元の首飾りも買おうかと迷った。もしかしたら。
もしかしたら、わたしは、トマが好きなのかもしれなかった。
今日も呼び鈴が鳴った。トマだと思い、足早にエントランスに向かう。
でも、ひとりじゃなかった。トマの隣に女性が立っている。彼女の背はトマの頭ひとつ分、低い。ギルドの軽装鎧を纏い、白銀の髪を後ろでひとつにまとめている。瞳はよく動いて、わたしと視線が合うとニコッと笑った。
「どうも、はじめまして。トマの相棒のアリーサといいます。よろしく」
アリーサさんはわたしに握手を求めた。少し戸惑いはしたけれど、人見知りするほどでもないので、「ミラナです」と、握手に応じた。アリーサさんは本当によく笑うので、わたしもつられて笑った。
「トマがいつもお世話になってます」
アリーサさんは妻のような口ぶりで、トマの腕に自分の手をそえる。その手は決して綺麗とは言えない。けれど、剣だこは擦り傷の跡は、何度となくトマを助けてきた証かもしれない。そう考えると、感心しなければおかしいのに、もやもやと嫌な気分が胸の辺りに居座った。
トマは「離れろ」と言ってアリーサさんの手を解こうとした。しかし、アリーサさんは「相棒でしょ」と、がっつり腕を掴む。おそらく、相当な力だ。服がシワくちゃになった。仲良さそうなふたりを眺めながら、とにかく、会話を探す。
「今日はおふたりなんですね」
トマ相手によそ行きの言葉遣いなのがおかしかったけれど、アリーサさんがいる手前、丁寧な言葉を選んだ。
「こいつが勝手についてきた」
「あんたがこそこそしてるからでしょ」
「こそこそなんてしてねえ」
「してるし」
相棒だけあって、ふたりの息はぴったりだ。わたしに入る隙はない。同じ場所にいるのに、別の場所から見ているような感覚がする。
「まさか、こんな可愛い人と会ってるなんて」
アリーサさんはわたしを見て言った。もちろん、お世辞であることはわかっていた。でも、「はあ? 可愛いってどこが?」なんて、トマが言うのは間違っていると思う。
「お肌がつやつやしてるし、真っ白。ちょっと、頬が赤いのも、触りたくなっちゃう」
アリーサさんの手がわたしの方に伸びる。不健康な青白い肌を良い具合に表現してもらえるのは嬉しい。きっと、頬が赤いのも「可愛い」なんて言われていないからだ。
女性だし、頬くらい触らせてもいいか、くらいは思っていた。でも、それを邪魔したのはトマだった。
「触んな」トマはうなるような低い声で、アリーサさんの手を払いのける。
「ふーん。それに、言ってたほど臭くないじゃない。あんたなんじゃないの、臭いって噂を流したの」
アリーサさんは鼻をくんくんさせた後、トマに向き合ってそんなことを言った。もちろん、「そんなわけあるか!」と激怒である。
アリーサさんには申し訳ないけれど、臭いのは確かだ。噂は間違っていない。
「こいつ自体はそんなに……くさくねえし。俺が言ってんのはこの店と作業場だ」
驚いた。トマがかばうように言ってくれるなんて、予想していなかった。大体トマは悪態はついても、お世辞なんて言う柄ではない。少しは言葉のままを信じてみてもいいかもしれない。期待しないように“少しは”だけど。
「確かに」アリーサさんもうなずいてくれる。悪い気分じゃなかった。そして、アリーサさんは、わたしに人の良さそうな笑顔を向けた。
「あ、ドミナスがいつもありがとうって言ってました。お腹を下したときには、あなたの薬が一番だって。トマ、どうせ、伝えてないでしょ」
「うるせえな」
トマの声が聞こえたけれど、アリーサさんの言葉を受けて、胸の辺りが暖かくなった。やっぱり、誉められれば嬉しい。自分のやっていることが間違っていないと思うから。
「ありがとうございます」
ほんの少しだけ涙声になってしまったのは、許してほしい。でも、ふたりは目を見合わせただけで、深く追求してこなかった。その気づかいがありがたかった。
ひとまず落ち着いたところで、ふたりを客間に通す。今回は毒消し薬だった。しかも、数は20。どうしてこんなにも、とたずねたら、トマは「暗殺を失敗したらしい」と物騒な話をしてくれた。
アリーサさんいわく、「ふたりは好き合っているけど、素直になれなくて。女性のほうが男性を殺そうとしている」とか。「今は毒薬を仕こんで殺そうとしているから、念のため、ギルドの皆にも毒消し薬を用意しておきたい」とのことだった。あまりよくわからないけれど、男女のもつれは難しいらしい。
在庫はあったので、それを渡して、ふたりは仲良く帰っていった。わたしひとりになると、店に静寂が返ってくる。ようやく貼りつけていた笑顔を解いた。瞼を下ろす。
見送ったふたりの姿は、お似合いだった。きっと、対等な関係だから、あんな言い合いもできるのだろう。お互いの命を預けられるから、“相棒”なのだろう。これまでも、そしてこれからも、ずっと一緒にやっていくのだ。仲むつまじいふたりの姿を想像した。
――今、胸が痛くなった。針に刺されたみたいに痛かった。まさかと首を横に振っても、確かに最近のわたしは、トマの顔ばかりが頭に浮かぶ。ドレスも洗濯した。フリルも新しくした。完全に浮わついている。商店の前を歩いたとき、胸元の首飾りも買おうかと迷った。もしかしたら。
もしかしたら、わたしは、トマが好きなのかもしれなかった。