クサいけどいい匂い
第3話
ドミナスさんが来ると思っていたわたしは、シビリルが泥除けマットの上に立っていて驚いた。「相変わらず、くせえな」と鼻をすすり、眉間にシワを寄せるのも、こちらこそ“相変わらず”だ。
「ドミナスさんは、どうされたんです?」
「用事が他にあるって、俺に押しつけやがった」
「お忙しいんですね」
「どうだかな」シビリルはドミナスさんの用事に心当たりがあるようで、含みのある言い方をした。
「それではこちらへ」
客間に案内し、いつものように座って、巻き紙を預かる。今回はわたしがよく作る腹下しに効く薬だった。シビリルによれば、「ドミナスが常備薬としてほしい」という話だ。しかも、10。魔術師ギルドを通しての依頼で材料はあるのだけれど、地下室に完成品は置いていない。新たに作らなければならないだろう。
「この薬は在庫がなくて、これから新たに作らないとなりません。時間がかかるので、受け取りは後日でよろしいですか?」
「作るって、あんたが?」シビリルはわたしの問いかけには応えず、逆に聞いてきた。
「ええ、まあ、そうです」
だから、何だと言うのだろう。弟子のお前なんかが薬を作れるのかと、言いたいのだろうか。失礼にも程がある。師匠から店番を任されるくらいには、信頼されているのだ。
「ふうん、1日で作れるのか?」
「今日中には」
「じゃあ、見とく」
「えっ?」言葉の意味を理解するのに、考えがぐるっと一回りした。
「早くしろ」
シビリルに追い立てるように作業場に入った。まったく勝手な男で、「くせえ」とひとこと言う。別についてこなくても良かったのだ。わざわざついてきて、不快な顔をされるこっちの身にもなってほしい。でも、黙っていた。自分から波風を立てる趣味はない。
燃やす魔法は手を開き、呪文を唱えれば、初心者でも簡単にできる。ただ、火の加減を整えるのが難しい。かまどに火を入れてから、握れば少しだけ勢いを抑えられた。不純物を入れないように窓を完全に閉ざす。煙突の口だけは開けておいた。地下室から材料を取り出し、作業台の上に並べた。
「こんなくせえところにずっといて、あんた嫌にならねえのか?」
ちょうど、乾燥させた茎を刻んでいるところだった。行儀よく振る舞っていたのが悪かったのかもしれない。もともとこんなに行儀よくしていたのは、師匠のためだ。孤児を引き取ったという師匠の評判をこれ以上は落とさないため。恨み言はあっても、本気じゃない。シビリルのように何も知らない人間に言われたくはなかった。
わたしは息を吸った。臭いなんて何でもないというように思い切り吸ってみせる。素の自分が顔を出した。
「あんたに何がわかるの? わたしはここの生活が気に入っている。嫌になるわけがない」
臭いというのは、この仕事の一部分だ。師匠が教えてくれたのは「臭い」だけじゃない。一部分の悪いところしか見えていない人にはわからないだろうけど。
シビリルは何度か瞬きをして、目を丸くさせた。丁寧に話すのをやめたことに、驚いているのかもしれない。でも、次の言葉で違うとわかった。
「へえ、あんたにも誇りってやつがあるのか」
「あんたにはないの? 討伐ギルドだって、誰かを助けるためでしょう?」
「助ける? 誇りなんてねえし。俺はそんなまともな人間じゃない。大人や子どもでも、力さえあれば、平等に仕事がある。だから、ギルドにいる」
生きるためだとシビリルは言う。確かにわたしも最初はそうだった。だけど、師匠は薬は誰かの役に立つことを教えてくれた。薬は使われて効果が出て、はじめてわたしの仕事が完成することも知った。反論だって、しようと思えばできた。でも、他人に語るほどじゃない。
この人はわたしとは違うのだ。諦めに近かった。わたしは興味を失ったふりをして、そっけなく答えを返した。何と答えたか忘れてしまったけれど、会話は確かにそこで途切れた。
ドミナスさんが来ると思っていたわたしは、シビリルが泥除けマットの上に立っていて驚いた。「相変わらず、くせえな」と鼻をすすり、眉間にシワを寄せるのも、こちらこそ“相変わらず”だ。
「ドミナスさんは、どうされたんです?」
「用事が他にあるって、俺に押しつけやがった」
「お忙しいんですね」
「どうだかな」シビリルはドミナスさんの用事に心当たりがあるようで、含みのある言い方をした。
「それではこちらへ」
客間に案内し、いつものように座って、巻き紙を預かる。今回はわたしがよく作る腹下しに効く薬だった。シビリルによれば、「ドミナスが常備薬としてほしい」という話だ。しかも、10。魔術師ギルドを通しての依頼で材料はあるのだけれど、地下室に完成品は置いていない。新たに作らなければならないだろう。
「この薬は在庫がなくて、これから新たに作らないとなりません。時間がかかるので、受け取りは後日でよろしいですか?」
「作るって、あんたが?」シビリルはわたしの問いかけには応えず、逆に聞いてきた。
「ええ、まあ、そうです」
だから、何だと言うのだろう。弟子のお前なんかが薬を作れるのかと、言いたいのだろうか。失礼にも程がある。師匠から店番を任されるくらいには、信頼されているのだ。
「ふうん、1日で作れるのか?」
「今日中には」
「じゃあ、見とく」
「えっ?」言葉の意味を理解するのに、考えがぐるっと一回りした。
「早くしろ」
シビリルに追い立てるように作業場に入った。まったく勝手な男で、「くせえ」とひとこと言う。別についてこなくても良かったのだ。わざわざついてきて、不快な顔をされるこっちの身にもなってほしい。でも、黙っていた。自分から波風を立てる趣味はない。
燃やす魔法は手を開き、呪文を唱えれば、初心者でも簡単にできる。ただ、火の加減を整えるのが難しい。かまどに火を入れてから、握れば少しだけ勢いを抑えられた。不純物を入れないように窓を完全に閉ざす。煙突の口だけは開けておいた。地下室から材料を取り出し、作業台の上に並べた。
「こんなくせえところにずっといて、あんた嫌にならねえのか?」
ちょうど、乾燥させた茎を刻んでいるところだった。行儀よく振る舞っていたのが悪かったのかもしれない。もともとこんなに行儀よくしていたのは、師匠のためだ。孤児を引き取ったという師匠の評判をこれ以上は落とさないため。恨み言はあっても、本気じゃない。シビリルのように何も知らない人間に言われたくはなかった。
わたしは息を吸った。臭いなんて何でもないというように思い切り吸ってみせる。素の自分が顔を出した。
「あんたに何がわかるの? わたしはここの生活が気に入っている。嫌になるわけがない」
臭いというのは、この仕事の一部分だ。師匠が教えてくれたのは「臭い」だけじゃない。一部分の悪いところしか見えていない人にはわからないだろうけど。
シビリルは何度か瞬きをして、目を丸くさせた。丁寧に話すのをやめたことに、驚いているのかもしれない。でも、次の言葉で違うとわかった。
「へえ、あんたにも誇りってやつがあるのか」
「あんたにはないの? 討伐ギルドだって、誰かを助けるためでしょう?」
「助ける? 誇りなんてねえし。俺はそんなまともな人間じゃない。大人や子どもでも、力さえあれば、平等に仕事がある。だから、ギルドにいる」
生きるためだとシビリルは言う。確かにわたしも最初はそうだった。だけど、師匠は薬は誰かの役に立つことを教えてくれた。薬は使われて効果が出て、はじめてわたしの仕事が完成することも知った。反論だって、しようと思えばできた。でも、他人に語るほどじゃない。
この人はわたしとは違うのだ。諦めに近かった。わたしは興味を失ったふりをして、そっけなく答えを返した。何と答えたか忘れてしまったけれど、会話は確かにそこで途切れた。