クサいけどいい匂い
第1話
城下町の大通りの脇にある路地を抜け、ずっと、道なりに行くと、ひっそりとたたずむお店がある。大小の薬瓶が描かれた看板が目印。2階建てのここは魔法薬の専門店――わたしが勤めているお店だ。
ここに来るまで、いろんなことがあった。
親を亡くし、親戚に引き取られたものの、こきつかわれていたわたし。1日1食、かちかちに固まったパン――ビスケットのほうが近い――を冷めたスープに浸してやっと食べる日々。
叔父の機嫌で寒空の下に放り出されたり、ロバと同じ小屋で寝たり、歩いているだけで意味なく転がされたり。最後には、いとこからの変態的要求を受けて、わたしは爆発した。誰がお前らの言いなりになるもんか、と。
すべてが嫌になり、家を飛び出した。死んでもいいとさえ思った。どうにか馬車を乗り継ぎ、荷物に紛れこみながら、この街までやってきた。
しかし、子どもがたったひとりで生きていけるわけもない。やったこともない盗みを働き、間抜けにも店主に追いかけられて、この店の前まで走った。たまたま目に入った店だった。看板の字も読めなかったから、本当に偶然にその店を選んだ。
扉を叩いたわたしを、この店の主は保護してくれた。追ってきた店主に適当な嘘までついて、支払いを済ませてくれた。
「わたしを弟子にしてください!」
生きるのに必死だったわたしは、叔父のところに帰るくらいならいっそのこと、弟子にして欲しかった。
押しの弱そうな人だった。その人は「まあ、いいでしょう」と答えた。たったひとこと。わたしはその日から、ドナート・ジョキナの娘、ミラナ・ジョキナとなった。
父――師匠は服や食事を与え、わたしに読み書きまで教えてくれた。
食生活が合わなくてよく腹を下すわたしに、にがまずい薬を処方してくれた。
やる気があれば、一生できる仕事を教えてくれた。
あれから10年が経った。
今のわたしがあるのは、間違いなく、師匠のおかげだ。
――でも、師匠。あなたがこの仕事をわたしに教えてくれたおかげで、周りから人がいなくなっていったんですけど。
恨み言を並べたくても、当の師匠はいない。「ちょっと、探してくる」と言ったきり、お店をわたしに任せて、旅に出てしまった。
師匠が残していったのは長年の研究を記した書類と、この臭さだけだ。
魔法薬の材料は本当に臭いものが多い。しかも、これを鍋で煮るとする。いくら臭いを逃がす煙突があったところで、煮るためには材料を切り刻んだり、すりつぶしたりすれば、服に臭いがつく。
そして、一度つけば、なかなか臭いは取れない。香水をつければいいのだけれど、臭いと匂いが混ざってかえって気持ち悪くなる。だったら、つけないほうがマシ。
体を拭いたところで、服の繊維にまでも臭いが染み着いているし、それを着てしまえば意味はない。服を洗濯してもまた新たな臭みが着くわけで、無駄な抵抗だ。
もちろん、そんな臭いを漂わせるわたしに近づくものはない。視線は感じるのに近づいてこないということは、たぶん悪い噂が立っているのだろう。主に臭いのことで。
城下町の大通りの脇にある路地を抜け、ずっと、道なりに行くと、ひっそりとたたずむお店がある。大小の薬瓶が描かれた看板が目印。2階建てのここは魔法薬の専門店――わたしが勤めているお店だ。
ここに来るまで、いろんなことがあった。
親を亡くし、親戚に引き取られたものの、こきつかわれていたわたし。1日1食、かちかちに固まったパン――ビスケットのほうが近い――を冷めたスープに浸してやっと食べる日々。
叔父の機嫌で寒空の下に放り出されたり、ロバと同じ小屋で寝たり、歩いているだけで意味なく転がされたり。最後には、いとこからの変態的要求を受けて、わたしは爆発した。誰がお前らの言いなりになるもんか、と。
すべてが嫌になり、家を飛び出した。死んでもいいとさえ思った。どうにか馬車を乗り継ぎ、荷物に紛れこみながら、この街までやってきた。
しかし、子どもがたったひとりで生きていけるわけもない。やったこともない盗みを働き、間抜けにも店主に追いかけられて、この店の前まで走った。たまたま目に入った店だった。看板の字も読めなかったから、本当に偶然にその店を選んだ。
扉を叩いたわたしを、この店の主は保護してくれた。追ってきた店主に適当な嘘までついて、支払いを済ませてくれた。
「わたしを弟子にしてください!」
生きるのに必死だったわたしは、叔父のところに帰るくらいならいっそのこと、弟子にして欲しかった。
押しの弱そうな人だった。その人は「まあ、いいでしょう」と答えた。たったひとこと。わたしはその日から、ドナート・ジョキナの娘、ミラナ・ジョキナとなった。
父――師匠は服や食事を与え、わたしに読み書きまで教えてくれた。
食生活が合わなくてよく腹を下すわたしに、にがまずい薬を処方してくれた。
やる気があれば、一生できる仕事を教えてくれた。
あれから10年が経った。
今のわたしがあるのは、間違いなく、師匠のおかげだ。
――でも、師匠。あなたがこの仕事をわたしに教えてくれたおかげで、周りから人がいなくなっていったんですけど。
恨み言を並べたくても、当の師匠はいない。「ちょっと、探してくる」と言ったきり、お店をわたしに任せて、旅に出てしまった。
師匠が残していったのは長年の研究を記した書類と、この臭さだけだ。
魔法薬の材料は本当に臭いものが多い。しかも、これを鍋で煮るとする。いくら臭いを逃がす煙突があったところで、煮るためには材料を切り刻んだり、すりつぶしたりすれば、服に臭いがつく。
そして、一度つけば、なかなか臭いは取れない。香水をつければいいのだけれど、臭いと匂いが混ざってかえって気持ち悪くなる。だったら、つけないほうがマシ。
体を拭いたところで、服の繊維にまでも臭いが染み着いているし、それを着てしまえば意味はない。服を洗濯してもまた新たな臭みが着くわけで、無駄な抵抗だ。
もちろん、そんな臭いを漂わせるわたしに近づくものはない。視線は感じるのに近づいてこないということは、たぶん悪い噂が立っているのだろう。主に臭いのことで。
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