結ばれない日記
第1話
わたしは大きな机に両手をついて、目の前の魔術師様に笑いかけた。できるだけ、速くなってきた胸の音が魔術師様に伝わらないように。余裕を持ってほほえむ。少しはかわいいと思ってもらえるようにしないといけない。上のお姉様の話では女の子の「かわいい」はとても武器になるらしい。
「あの、魔術師様」
「何でしょう、王女様?」
お城の魔術師様は話しかけても、読みかけた本を閉じたりはしない。わたしが話しかけて、目を合わせてもらえないなんてはじめてだ。ちょっと恐くなるけれど、勇気を出す。
「わたしに術をかけてほしいのです」
「術でございますか?」
「はい。あなたの術はすごいとお父様から聞きました。だから、かけてほしいのです」
お父様は魔術師様の術が大好きだった。確か、彼のおかげで王族の血がつながっていくのだとか。いくら他の人からやめるように言われたって、お父様は聞く耳を持たなかった。悪い噂では魔術師様を「闇の魔術師」だと言うけれど、お父様は魔術師様を“しんらい”していた。
「術といってもいろいろと種類があるのです。どういった術をご所望で?」
「わたしもいつかは結婚するかもしれません。ですから、その前に本当の恋がしたい! あなたの術で男の人と恋をしたいのです」
結婚はわたしにとっては欠かせないもの。一番年下のわたしもいつかは結婚する。その話は上のお姉様の姿を見て、小さな頃からわかっていた。
まだ恋も知らないのに、結婚をする。自由のない結婚をする前に、たった一回でも、出会っておしゃべりして、恋したい。
「あ……もしかして、そういうのはないのですか?」
魔術師様が鏡をくもらせてしまいそうなほど大きなため息を吐く。しかも、本を閉じて、わたしを見る。その目が優しくなくて冷たいものだったから、肩がふるえた。でも、わたしは泣いちゃいけない。泣いたら王女のいげんがたもてない。
「いいえ、あるにはあります。しかし、王女様、お言葉ですが、魔術に耐えられるのは15歳を過ぎてからです。あなたはまだ10歳。それまでご自身で努力されるのがよろしいかと」
10歳のわたしじゃダメだった。だけど、明るいわたしが顔を出しはじめる。魔術師様は断ったんじゃない。15歳になれば、いいと言っている。
「それなら、15歳になったら、術をかけてくれますか?」
魔術師様は腕を組んで考えごとをしていたけれど、ふむと言って顔を戻した。
「……いいでしょう。あなたが15歳になったら術をかけさせていただきます」
「じゃあ、約束です!」
魔術師様は「ええ、あなたが覚えておられればね」なんて意地悪なことを言ったけれど、わたしはそんなに忘れっぽくない。約束は絶対に守ってもらうんだ。手を強く握った。
◆
歌いながら魔術師様の部屋を出る。ふわふわと気持ちが軽い。庭で散歩しようかなと歩き出したら、柱のような大きな男が通せんぼした。
見上げてみると、騎士ボリスラフがわたしをにらみつけていた。ボリスラフはわたしを守るために新しく“はいぞく”されたらしい。
騎士は他にもひとりいる。だけれど、どうしてもこちらのボリスラフのほうは好きになれない。ボリスラフといえば、無表情で無口。眉を寄せるだけで恐い顔のできあがり。笑顔なんて見たことがない。かんたんなあいさつをするだけでも、こちらが緊張してしまう。それくらい、苦手な騎士だった。
ボリスラフはふうっと大きく息を吐き出したあと、おかたい声で「エミーリヤ様」とわたしを呼んだ。
「捜しました。まさかこのような場所にいらっしゃるとは。ここがどのような場所か、知っておられるのですか?」
「も、もちろん。魔術師様の部屋よ」
「それで、魔術師にどういった御用で?」
「あ、あなたには関係ないでしょ」
「……関係はあります。わたしにはあなたを守る任務があります。何の断りもなく、勝手に出歩かれると任務に支障が出ます」
そう言われてしまうと何にも言い返せないのが悔しい。だからって、ボリスラフに細かく話したくはない。わたしと魔術師様との秘密だ。目を合わせないように顔を別の方に向けた。
「別に大したことじゃないの。ほ、ほら、魔術師様は魔術に詳しいでしょ。おもしろい魔術を知っていないかと思って」
「そんなことでわざわざ」
「そ、そうよ。隣国の王子にお会いするときに、いい話題になるでしょ」
嘘だけれど、何だか本当の話のような気がしてきた。ボリスラフも納得してくれたみたいだ。柱のような体をどかしてくれた。
「これから散歩するわ」
できればひとりで……と思ったところを「わたしも同行いたします」と言われてしまう。仕方ない。今日は諦めた。別に気にしなければいい。ボリスラフがいたって好きにすればいいんだから。
わたしは大きな机に両手をついて、目の前の魔術師様に笑いかけた。できるだけ、速くなってきた胸の音が魔術師様に伝わらないように。余裕を持ってほほえむ。少しはかわいいと思ってもらえるようにしないといけない。上のお姉様の話では女の子の「かわいい」はとても武器になるらしい。
「あの、魔術師様」
「何でしょう、王女様?」
お城の魔術師様は話しかけても、読みかけた本を閉じたりはしない。わたしが話しかけて、目を合わせてもらえないなんてはじめてだ。ちょっと恐くなるけれど、勇気を出す。
「わたしに術をかけてほしいのです」
「術でございますか?」
「はい。あなたの術はすごいとお父様から聞きました。だから、かけてほしいのです」
お父様は魔術師様の術が大好きだった。確か、彼のおかげで王族の血がつながっていくのだとか。いくら他の人からやめるように言われたって、お父様は聞く耳を持たなかった。悪い噂では魔術師様を「闇の魔術師」だと言うけれど、お父様は魔術師様を“しんらい”していた。
「術といってもいろいろと種類があるのです。どういった術をご所望で?」
「わたしもいつかは結婚するかもしれません。ですから、その前に本当の恋がしたい! あなたの術で男の人と恋をしたいのです」
結婚はわたしにとっては欠かせないもの。一番年下のわたしもいつかは結婚する。その話は上のお姉様の姿を見て、小さな頃からわかっていた。
まだ恋も知らないのに、結婚をする。自由のない結婚をする前に、たった一回でも、出会っておしゃべりして、恋したい。
「あ……もしかして、そういうのはないのですか?」
魔術師様が鏡をくもらせてしまいそうなほど大きなため息を吐く。しかも、本を閉じて、わたしを見る。その目が優しくなくて冷たいものだったから、肩がふるえた。でも、わたしは泣いちゃいけない。泣いたら王女のいげんがたもてない。
「いいえ、あるにはあります。しかし、王女様、お言葉ですが、魔術に耐えられるのは15歳を過ぎてからです。あなたはまだ10歳。それまでご自身で努力されるのがよろしいかと」
10歳のわたしじゃダメだった。だけど、明るいわたしが顔を出しはじめる。魔術師様は断ったんじゃない。15歳になれば、いいと言っている。
「それなら、15歳になったら、術をかけてくれますか?」
魔術師様は腕を組んで考えごとをしていたけれど、ふむと言って顔を戻した。
「……いいでしょう。あなたが15歳になったら術をかけさせていただきます」
「じゃあ、約束です!」
魔術師様は「ええ、あなたが覚えておられればね」なんて意地悪なことを言ったけれど、わたしはそんなに忘れっぽくない。約束は絶対に守ってもらうんだ。手を強く握った。
◆
歌いながら魔術師様の部屋を出る。ふわふわと気持ちが軽い。庭で散歩しようかなと歩き出したら、柱のような大きな男が通せんぼした。
見上げてみると、騎士ボリスラフがわたしをにらみつけていた。ボリスラフはわたしを守るために新しく“はいぞく”されたらしい。
騎士は他にもひとりいる。だけれど、どうしてもこちらのボリスラフのほうは好きになれない。ボリスラフといえば、無表情で無口。眉を寄せるだけで恐い顔のできあがり。笑顔なんて見たことがない。かんたんなあいさつをするだけでも、こちらが緊張してしまう。それくらい、苦手な騎士だった。
ボリスラフはふうっと大きく息を吐き出したあと、おかたい声で「エミーリヤ様」とわたしを呼んだ。
「捜しました。まさかこのような場所にいらっしゃるとは。ここがどのような場所か、知っておられるのですか?」
「も、もちろん。魔術師様の部屋よ」
「それで、魔術師にどういった御用で?」
「あ、あなたには関係ないでしょ」
「……関係はあります。わたしにはあなたを守る任務があります。何の断りもなく、勝手に出歩かれると任務に支障が出ます」
そう言われてしまうと何にも言い返せないのが悔しい。だからって、ボリスラフに細かく話したくはない。わたしと魔術師様との秘密だ。目を合わせないように顔を別の方に向けた。
「別に大したことじゃないの。ほ、ほら、魔術師様は魔術に詳しいでしょ。おもしろい魔術を知っていないかと思って」
「そんなことでわざわざ」
「そ、そうよ。隣国の王子にお会いするときに、いい話題になるでしょ」
嘘だけれど、何だか本当の話のような気がしてきた。ボリスラフも納得してくれたみたいだ。柱のような体をどかしてくれた。
「これから散歩するわ」
できればひとりで……と思ったところを「わたしも同行いたします」と言われてしまう。仕方ない。今日は諦めた。別に気にしなければいい。ボリスラフがいたって好きにすればいいんだから。
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