ヤメ騎士さんとわたし
第51話『別れ道』
モニクに話せば、とんとん拍子に事は進んだ。昨日の戦いで、黒のドレスは裾がぼろぼろになってしまった。代わりに、モニクから借りた、革でできた服を着る。ボタンではなく、首の下の辺りを紐でしぼって結ぶ。固い生地のスカートの着心地は良くないものの、文句は言っていられなかった。
だけど、ロルフさんの服に寄せた色で、少し嬉しかった。まるで、隣にいても違和感がないように思える。それでも、ロルフさんの消えた表情を見ると、心はしぼんだ。
朝のできごとから、ロルフさんとは一切、会話がなかった。おそらく避けられているのだろう。目すら合わせてもらえない。自業自得かもしれないけれど、胸が痛む。
もう最後なのだ。こうして向かい合うのも、存在を感じられるのも、今日で終わるかもしれない。だとしたら、笑って終わりにしたいと思うのは、わがままだろうか。
特に状況は変わらないまま、モニクの家を出た。村の入り口まで向かうまでに、噂を聞きつけた村人たちが集まってきた。英雄となった騎士3人、ロルフさんを見送ろうとやってきたのだろう。
魔女の家に行くのは、モニクとわたしと、護衛とされたロルフさんの3人だ。
「わたしも行ったほうがいいのではないか?」
セブランさんが眉をひそめて、提案してきた。モニクは「いいえ」と否定した。
「セブラン様は、お城にお戻りください。今こそあなたの力が必要なのです」
「だが……」と、ついて行きたがるセブランさんに、モニクはぴしゃりと言った。
「ロルフ兄さまがついているのですから、大丈夫です」
「ああ、すべてが終わったら、無事に城に送り届ける」
ふたりに言われてしまうと、セブランさんも言い返せないらしい。ふっと笑った。
「わかった。ロルフに任せよう。モニク、城で待っているからな。セーラ、どうか無事で」
ふたりの騎士をともなって、セブランさんは馬にまたがった。馬上から片方の手を上げて、過ぎ去っていく。村人たちのざわめきと歓声が後を追っていく。
モニクは、セブランの影が街道の先に消えていくまで、見送っていた。
とうとう3人とゼオライトだけになってしまった。
「行きましょうか」
村人たちに見送られながら、わたしたちは歩き出した。よく考えてみれば、わたしを含めて、他のふたりも自分から話すような人間ではなかった。無言で風景を眺めて歩いている。
何でこういうときに、ダリヤは現れてくれないのだろう。起きていないのだろうか。昨日、一度だけ声が聞こえた気がするけれど、それっきりだった。
もし、まだいるのだとしたら、元の世界に戻った時にも一緒かもしれない。それは心強いことだった。自分だけじゃないと思えると、淋しいとか、そういうものの重さが半減する気がする。だから、戦えた。戦って勝つことができたのだ。
元の世界に戻ったら、色んな景色を見せてあげたい。驚くだろう。そして、きっと、「おもしろいねぇ」と言ってくれるはずだ。
わたしたちは、城へと続く街道をそれて、魔女の故郷へと向かう。この道は、ダリヤに体を受け渡したときに来たきりだった。実際、自分の足で歩き、風の音を聞くと、また違った。草の匂い、葉の枯れ音なんかも直接、入ってくる。
がれきだらけの村を見て、ロルフさんはますます顔をしかめた。傷口は乾いているものの、切れた目元はいまだに痛々しい。目を細めて、唇を噛み締める姿に、わたしも同じようにした。ゼオライトの手綱を木にくくりつけてから、目が合いそうになったけれど、避けられた。
以前、もし、ロルフさんが人々を選択しなければ、こういう村がもうひとつ増えていたのだろう。ロルフさんが助けたのだ。でも、言葉にはしなかった。話しかけるのが怖かった。拒否されたら、立ち直れない。
「いくら見ても慣れるものではないですね」
モニクが呟いた。お墓の前には、モニクが手向けた花が枯れたままで残されていた。あれから、かなりの時間が経った気がする。でも、モニクのとむらいの気持ちは、枯れても残っているように思えた。
村の奥にある広い庭。その先にある、お屋敷に目を向けた。
――どくん。深い底から心音がした。それは、わたしのものではない。わたしは胸に手を当てた。また、鳴った。ダリヤはここにいる。帰ってきたよ、と心のなかで言えば、ダリヤの笑顔が思い浮かんだ。
儀式部屋までの道はわたししか知らなかった。必然的にふたりを案内するのは、わたしになるのだろう。一階の奥の部屋がダリヤの部屋だった。
たどり着くまで、荒れ放題のエントランスを横切る。「ひどい」と言ったのは、モニクだ。かつて、わたしもそう思った。対して、ダリヤは「人間なんて、そういうもんさ」と割りきるように言っていた。
やっぱり、わたしは、そんなふうには思えない。セブランさんやモニクやロルフさんは、きっと、こんな行為を許したりしない。モニクのような声が普通なんだ。
部屋の隅に移動すると、ダリヤがしたように、しゃがみこむ。じゅうたんの端っこを豪快にめくると、床に扉があった。じゅうたんの下に扉があるのだ。
腕に力を入れて、扉の取っ手を引こうとしたら、横から太い腕が邪魔をしてきた。わたしの力では無理だと判断したのかもしれない。ロルフさんは片手で軽々と扉を上に開いた。闇の口が現れた。
「ありがとう」と言いたくて、口を開くけれど、ロルフさんの顔はわたしを見ようとはしない。避けられてしまうと、言葉にする勇気を無くす。聞いてもらえないのだと思ったら、言葉が詰まった。
ダリヤの部屋まで行けば、儀式部屋はすぐそこだ。奥の扉のノブを回して、開ければいい。
部屋のなかは、窓はなく、相変わらず薄暗い。背の高いトーチが円を描くように設置されている。台座がふたつあり、お城で見た儀式部屋のようだった。小型の台座には、短剣とお香用のつぼがある。大型の台座は人が横たわれるくらいの長さがある。上には布がかかっていた。
何も変わっていない。前見たままの部屋だ。誰も踏み入れていないのだろう。汚されることなく、ここにある。
「すごいです。時間があれば、部屋を見て回りたいものですけれど、今は無理ですね」
モニクは部屋をざっと見回した後、わたしに苦笑を向けた。
「モニク、できそうですか?」その、転移魔法とか。
「準備する時間をいただけたら」
窮屈そうなロルフさんとわたしには、しばらく部屋を出ていてほしいとのことだ。ふたりきりなんてどうしたものか、と考えるついでにロルフさんをちらっと見た。
ようやく、ここでロルフさんと目が合った。すぐにそらされてしまう危険性はあったけれど、案外、一度目が合ってしまうと、平気だった。何で、今まで気を張っていたのだろう。
「わたしの話を聞いてもらえますか?」
はじめからこうすれば、良かった。ロルフさんだって、話せばわかってくれる。
「ああ」とうなずいてくれた。