ヤメ騎士さんとわたし

第44話『セブランの剣』


 魔術師の弟子は、すぐさま人質をとろうとした。どこまでも卑怯な姿勢を崩さないらしい。村人たちの方へと手を伸ばした。けれど、青く透明な幕が現れる。弟子が何度やっても、幕に弾かれて邪魔をされてしまうのだ。

 触れなければ、青い幕は現れない。まるで、何もないかのようなのに、ちゃんと村人たちを守っている。内側にいる村人たちも目を見開いて、この幕に触れたりする。しかし、内側から触れると同じように青い幕が現れた。外側のあらゆるものを弾く、「シールド」といってもいいかもしれない。

「二度と、お前の汚い手を触れさせない」

 ダリヤの低く真剣な声は、胸の奥に突き刺さった。ダリヤは魔女だ。人を殺しても罪悪感などまったくない魔女だ。

 でも、今は村人を助けようと、幕を張った。それがどれだけすごいことか、わたしにはわかる。ダリヤの心を動かしたのは、いったい何だったのだろう。モニクとセブランさんの存在だろうか。わたし……は言い過ぎだろう。

 どちらにしても正しいことをしようとしているなら、喜べる。わたしも手助けできるならしたい。できないのはわかっているけれど、気持ち的には。

 シールドの出来は、魔術師の弟子をひるませるのに役立った。手立てを無くした魔術師の弟子は、足を退く。足が震えているけれど、大丈夫だろうか。こちらが心配になるくらいだった。

「せ、先生が来るまでは」と呟いたのが聞こえた。先生はよほど、この男にとって大事な存在らしい。

「そ、そうだ」ひとりで納得している。そんな哀れな魔術師の弟子は、先生のおかげで逃げずにその場に踏みとどまることができたようだ。案外、根性があるのかもしれない。魔術師の弟子は目を見開いた。

「人質などいなくとも、お前たちを消すことは可能だ。さあ、かかれ!」

 声が魔術師の一団を動かす合図となった。魔術師たちが、セブランさんや騎士のふたりを囲んだ。3対10。ダリヤは村人たちを守ることに集中しているから、戦力にならないかもしれない。

 魔術師の手から、炎や氷のかたまりが次々と生まれた。まばゆい赤と青白さ。魔術師が腕を振り下ろすと、セブランさんに向かって軌道を描く。直撃すれば、無事では済まされない。何とか、ダリヤの力で跳ね返したりできないだろうか。

 そう考えている間にも、炎や氷はセブランさんに襲いかかった。当のセブランさんは両手で剣を握り、構えたまま動かなかった。一歩も引かないというように、切り目を鋭くさせる。剣先も魔術師に向けて鋭くにらみつけているように見えた。炎が剣にぶつかる。わたしは瞼を伏せてしまいたかった。

 その瞬間に、鉄かはがねの素材でできた剣が白い光を放った。剣自体が光を吐き出しているのだろう。セブランさんが剣を振るうと、炎はかき消された。騎士のふたりの剣にも氷が当たったけれど、水滴となって乾ききってしまった。

「な、なぜだ、なぜ、通用しない! 早く次を!」

 魔術師が次の呪文を唱える前に、セブランさんの剣が切りかかった。騎士ふたりも後に続く。黒いローブを切り裂くように、光をまとった剣で払っていく。呪文を唱える時間を与えなかった。

 魔術師たちは、騎士の剣の前に倒れていった。騎士たちの活躍に、シールドに守られた村人たちは拳を突き上げていたけれど、声は聞こえなかった。ただ、皆の顔は希望にあふれ、声援を上げているように想像できた。わたしも応援したくなる。

 魔術師の弟子は、自分の分身を出して、襲わせる。影がセブランさんに迫る。でも、セブランさんの剣が分身を打ち消した。きっと、ダリヤの呪文が効いているのだ。魔法を打ち消す力を持った剣は、驚くほど効き目があった。

「さあ、どうする?」

 セブランさんは余裕を持って、魔術師の弟子に問いかけた。それに対して、「くそ」としか言えないようだ。セブランさんに間合いを詰められて、堪らないのか、後ずさる。けれど、広場の石畳につまづいて、尻もちをついた。魔術師の弟子は、顔を真っ赤にさせた。もはや、誇りもクソもないみたいだ。

 リージヤは魔術師の弟子の脇下に腕を差し入れて、体を支える。

「助けてくれ」情けない声を出して、命乞いをする魔術師の弟子に対して、セブランさんは冷たく見下ろす。

「そう言われて、お前らは助けたのか?」

「そ、それは」答えられるわけがない。助けたことなどないはずだから。

 セブランさんが剣を振り下ろすのは当たり前のことだった。でも、わたしのなかにある中途半端な正義がうずき出す。殺してはいけないと思ってしまう。ダリヤだったら、「本当に甘いねぇ」と言うかもしれない。だけど、わたしはダリヤに向けて言った。

 ――「セブランさんを止めて!」

 というより早く、ダリヤがセブランさんの腕を掴んでいた。

「こんなやつの血であんたの剣を汚すことはないよ。拘束の腕輪を使えば、いいだけだ」

 セブランさんは目を見開いた。そして、ふっと笑う。

「まさか、魔女に諭されるとは思わなかった。拘束の腕輪はあなたに頼んでいいか?」

「ああ、強力なやつで絞り上げてやるよ」

 ダリヤが呪文を唱えると、まむしほどの大きさの蛇が現れて地面を這いはじめた。

「ぎゃっ」リージヤの足元をおびやかして、魔術師の弟子の足にからむ。逃げようとかかとで地面を蹴るけれど、蛇は鋭い歯を足首に噛みついた。

「ぎゃあ」

 実体がないはずの蛇なのに、ダリヤが操る蛇はまるで生きていた。見ている方が痛々しい。ダリヤに拘束される方が地獄かもしれない。やがて、魔術師の弟子は痛みのせいか、抵抗を失った。体中をはい回り、強く縛り上げた。腕輪というよりかはロープのようだ。

 ダリヤは他にも蛇を出して、魔術師たちを拘束した。納得したらしいセブランさんは剣をおさめた。それを見た騎士ふたりも同じようにする。どうやら、広場を血で汚す事態は避けられたらしい。良かった。ダリヤがシールドを外すと、解放を喜ぶ声が上がる。いつも険しい表情をしていた騎士たちも、顔をゆるませる。セブランさんも、ダリヤも。

 だけど、安心できたのは、ほんのわずかな瞬間だった。
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