ヤメ騎士さんとわたし
第43話『高地の村』
石造りのアーチをくぐると、村は閑散としていた。高地に作られた村には、大きな階段があった。階段横の通路はいくつもあって、それぞれの家へと繋がっている。家は石でできた壁に囲まれている。魔法の衝撃は、石壁を砕いていた。崩れたがれきが花壇に落ち、花を茎ごと押し潰していた。
ダリヤは花壇にしゃがみこみ、花の茎を拾いあげた。元は、バラの花だったのだろう。茎にはトゲがついていて、ダリヤは大事そうに布にくるんだ。
至るところから煙が立ち上る。黒い煤が壁や石畳にも残っていた。ダリヤは辺りを見渡す。けれど、人がいない。大階段の先から悲鳴が上がった。
村人たちは階段を上がったところの広場にいた。地面に座らされ、とんがり帽子の魔術師たちに見張られていた。魔術師のひとりがわざわざ幼い子の目の前で炎を手で操り、ぶつけようとする。子どもは恐怖に耐えきれず、強く目をつぶる。それを見て何が楽しいのか、魔術師は笑いだした。
「お前らの命を取ることなどたやすい。わかるか、俺がお前らの命を握っているのだ」
「そうですわね」
ダリヤとわたしは、このふたりに心当たりがあった。魔術師のじいさんの弟子と、その女のリージヤだ。どちらもあまりいい印象を持っていない。セブランさんが馬から降りると、魔術師たちは目を向けた。
「お、アヴリーヌ副団長」
「今は副団長ではありませんよ。ねえ」
「そうだったな。裏切り者のセブラン・アヴリーヌ。聖魔術師協会の誇りを汚し、魔女とモニクを逃がした。城にお前の帰る場所はない」
誇りとは何だったのか、わたしにはわからない。ただ、ダリヤに負けたことを言っているのだとしたら、魔術師の誇りなどチリのように思えた。
「もはや、帰るつもりはない。わたしはこの命を捨てる覚悟で、お前らとの対決を望む」
セブランさんはそらすことなく、真っ直ぐ魔術師の目を貫いた。ひるみかけたのか、魔術師は後退りした。どうにか、リージヤがいる手前、逃げないでいるけれど、臆病にも声が振るえていた。
「い、いいのか、そんなことを言って。腕輪がある以上、俺たちの思うがままだ。魔女をこちらに差し出さなければ、お前たちを殺すことになるだろう。アヴリーヌ、お前は構わないだろうが、そのふたりは妻も子もいる。親無しの子にしたいのか」
またしても、人質を取り、交渉に利用する。協会の連中はこれまでもそうして、力をつけてきたのだろう。
「わかっている。だから、ダリヤを連れてきた」
軽やかな身のこなしで馬から降りたダリヤは、臆することもなく、そこにたたずんだ。村人たちも魔女に目を向ける。広場にあるすべての視線がダリヤへと注がれた。静まり返っていた。誰もが魔女の存在に驚き、言葉を失ったのだろう。
魔術師の弟子は、調子を取り戻すように、顔を引きつらせながら笑いだした。
「そうだ、魔女を捧げれば、先生も喜んでくださるだろう」
「ふふふ」リージヤの愛想笑いに気分が悪くなってきた。
「わたしがあんたらにしたがうと思ってるのかい?」
ダリヤの声に魔術師の弟子はあからさまに体を震わせた。こてんぱんにやられた事実がトラウマとなっているのだろう。
「む、村人がどうなってもいいのか?」
「わたしには関係ない者たちだろう」
村人たちから悲鳴が上がった。しかし、ダリヤが人の命を見捨てるようには見えなかった。それくらいの信頼はしている。
「だが、見殺しにはしないさ。それに、わたしは聖魔術師協会に興味があってね。ぜひ、あんたが言う先生とやらにもう一度、会いたいんだよ。おわびしたっていい」
「ほう。もうそろそろ先生の一団が村に着く。今の先生のお姿を見れば、魔女のお前でも驚くだろうよ。それまで、楽しませてもらおうか」
魔術師の弟子は、ダリヤ――つまり、わたしの体――をなめるような目で見てきた。背筋がぞわっとする。気持ち悪かった。だけど、ダリヤは「そうかい、そりゃあいいねぇ」なんて話に乗っていた。どういうつもりだろう。
「おい、腕輪を外していけ」
セブランさんが声を張り上げた。魔術師の弟子は、鼻で笑う。
「誰が、外してやると言った? リージヤ、アヴリーヌが手出しできないように、監視してくれるか?」
「ええ、もちろん。わたしの好きなようにさせていただきますわ」
リージヤはセブランさんに体を寄せようとした。けれど、「近づくな」とセブランさんは腕で払う。モニクが見たらどんな気分になるだろう。
「他の者は村人たちを引き続き、監視しろ。もし、ひとりでも逃がせば、どうなるかわかっているな?」
脅しに次ぐ脅し。リージヤをのぞく魔術師たちは、うなずくより他なさそうだった。しかも、他人の心配をしている場合ではない。
「さあ、行こうか」
鼻息の荒さに、身の危険が迫っているのを感じる。ダリヤならこんな男の手なんて、簡単にねじ伏せることができるだろう。なのに、なぜか、今はそれをしない。笑って受け入れる。腰に手を当てられた時、ぞわっと、寒気が走るのを感じた。
そして、魔術師の弟子が小さく悲鳴を上げたのも同時だった。顔を歪ませている。
「な、何だ」
魔術師の弟子はダリヤの腰に当てた手を引き戻し、人差し指を確かめた。指の先には赤い点ができていた。小さな玉となり、親指で押すと、かたちが崩れて赤い血として流れた。
ダリヤは持ち手だけを布にくるんだ茎の先を見せた。バラの茎だったトゲには、赤い血がついている。
「お前みたいなガキにわたしが屈すると思うのかい? この血に何の意味があるのか、賢いあんたならわかるだろう?」
「まさか」
「セブラン!」セブランさんはこちらに駆け寄った。リージヤを振り払い、服の袖をまくって腕輪をあらわにした。ダリヤは茎を腕輪に触れさせて、呪文を唱えた。腕輪として形作られた蛇は青白く光りながら、地面に落ちた。魔術師の弟子の足元を這っていく。「ひっ」と声を上げて、飛び退いた。
セブランさんは、腕輪の消えた手首を確かめるようにさすった。
「ありがとう」
「いいんだよ。あんたたちもおいで」
リージヤが捕まえようとタックルをするけれど、騎士たちには通用しない。瞬く間に、腕輪は外された。騎士の剣が3本に揃う。きらめく剣先を魔術師の弟子に向ける。反撃の時だった。