ヤメ騎士さんとわたし
第41話『拘束の腕輪』
白馬から降りたセブランさんをモニクは迎えた。目線を落として、かしこまってお辞儀をする。
「セブラン様、よくお越しくださいました」
「いや、いいんだ」
セブランさんを前にしたときに、ダリヤの嫌な予感が当たったと思えた。きらめくはずの白い鎧が戦いの後のように傷だらけになっている。マントもところどころ穴が空いている。顔も違う。いつもモニクと向かい合うセブランさんは、表情を緩ませていたのに、今日は険しい。
それに気づいていないのか、気づいていても知らないふりをしているのか、モニクは普段通りに振る舞った。従順な使用人として。
「今すぐにでもここを発つ準備はできています」
モニクはローブを服の上から羽織り、いつでも旅に出られる装いだった。
「そうか」
セブランさんの態度は、どこまでも素っ気なかった。先ほどから、モニクよりもその後ろにいたダリヤに視線を注いでいる。戦場にでもいるかのように研ぎ澄まされた目をして、見ているのだ。
「セブラン様?」
モニクも妙な雰囲気に気づいたようだ。首を傾げて、声をかけるけれど、セブランさんは反応しなかった。お城でもこんなぎこちないふたりを見たことはない。
ダリヤに向かって、「まだ、あなたはダリヤだな?」とたずねてきた。
「だったら、何だって言うんだい」
「そうか、ロルフはいないのか?」セブランさんは小屋や家の入り口を見回した。
「狩りに出かけました。あのセブラン様?」
どうにかモニクはセブランさんからの視線に入ろうとするけれど、どうしても見てもらえない。セブランさんの方が意図的に視線を外しているかのように。
「ダリヤ、あなたには一緒に来てもらわなくてはならない」
「嫌だと、言ったら?」
セブランさんが腰に携えていた剣を鞘から抜いた。滑らかな剣に光が反射する。そして、その剣先をモニクに向けた。モニクは目がこぼれ落ちそうなほどに見開いて、セブランさんを見つめていた。まさか自分が取り引きに使われるなど予想もしていなかったのだろう。セブランさんは奥歯を噛み締めた。
「殺すより他ない」絞り出したような声だった。
セブランさんは栗毛の馬から降りた騎士に指示すると、モニクの首に剣を突きつけさせた。自分は剣を収めて、ダリヤだけを見つめた。
「あなたが抵抗すれば、モニクを殺す。逃げようとしても、わたしに危害を与えても同じだ」
「魔女がしたがうと思うのかい?」
「魔女だけならば、通用しないだろうが、セーラが許さないだろう。彼女がいる限り、あなたは人を殺せない」
セブランさんはダリヤが人を殺せないと信じているようだ。その信頼はわたしの存在も作用しているみたいだけれど。
「なぜ、こんなことをするんだい?」
「すべてはこの腕輪のせいだ」
セブランさんは傷だらけの腕にはめられたものを見せた。ダリヤは「拘束の腕輪か」と呟く。セブランさんは小さくうなずいた。
「あなたたちを逃がした後、連中は、ひとつの村を潰しに向かった。わたしは騎士団のなかでも動かせそうなやつらを引き連れて、それを止めようとした。だが、無理だった。残ったのはわたしとこのふたりだけだ。殺せと言ったが、殺されなかった。代わりにふたりと同じように腕輪をはめられた。そのなかの誰かが裏切っても、死ぬようにできた腕輪だ」
モニクは体を震わせて「そんな」と嘆いた。さらに、気がついたかのように「あの、セブラン様、まさか、その村というのは」と、声を忍ばせた。
「ああ、わたしたちの故郷だ」
「み、みんな死んでしまったのですか?」
「いや、まだ村は生きている。それもダリヤと引き換えだが」
話を聞いていて、わたしはダリヤの故郷を思い出していた。あの頃から協会の連中はやりたい放題やってきた。
ロルフさんも屈した。セブランさんも負けた。だけど、ダリヤだけは、唯一、あいつらに勝てるのではないかと思えた。セブランさんもそれを期待している気がする。すべての視線を受けたダリヤは、長いため息を吐いた。
「話はわかったよ。モニクを離してやりな。わたしは逃げも隠れもしない」
「わかった」
セブランさんが部下の騎士に目配せすると、剣が下がる。モニクは解放されても、固まっていた。今までのことを頭のなかで整理しているのかもしれない。
セブランさんが白馬にまたがると、部下の騎士たちも栗毛の馬に乗った。ダリヤは体を引き上げてもらい、セブランさんの前に座った。
「セブラン様」モニクはセブランさんの横まで駆け寄った。
「モニク」
「わたしも連れていってくださいと、言ってはいけないのでしょう。きっと、わたしは足手まといになります。ですから、この家でお待ちしています。あなたが無事にお帰りになるのをお祈りしています」
「ありがとう」
セブランさんの優しい声にモニクは目をうるませた。ようやく視線が合ったのだ。そして、会話ができた。涙がこぼれそうになるのを払うように、モニクは顔を上げる。
「ロルフ様には何かお伝えしましょうか」
「いや、あいつはいい。もう、あいつには何も背負わせたくはない。ジゼルもそれを望んでいる」
モニクは後ろに退いた。セブランさんが手綱を引いたからだ。出発の時だった。
「セブラン様、セーラ様、ダリヤもどうか、ご無事で」
モニクの言葉にうなずくと、セブランさんは掛け声を上げて、馬を走らせた。まさかこんなかたちで、ロルフさんの家から去るとは想わなかった。お別れぐらいしたかった。
でも、村の人たちの命がかかっているとするならば、そんなわがままは言っていられない。自分の気持ちや未練など小さいものに過ぎないのだ。そうしなければ、うっかりロルフさんを思い起こしてしまいそうだった。