ヤメ騎士さんとわたし

第37話『仕方ないこと』


 それでも、まだ希望は持っていた。どうにか、わたしを見つけてくれると。

 ロルフさんはダリヤのなかにわたしを探しているように見えた。視線をしぼって、真っ直ぐに射ぬいてくる。

 長い時間を使って、ロルフさんは「すまない」と口にした。目を伏せて、ダリヤから視線をそらす。ダメだったのだ。わたしを見つけてくれなかった。

「セーラ、すまない」

 もう一度、言う。謝罪の言葉なんていらない。わたしはここにいるのに、どうすれば、わかってもらえるのだろう。テレパシーを飛ばせればいいのだけれど、眉間に力を入れても無理だった。気づいてもらうには、魂だけではどうしようもなかった。

 ロルフさんをバカにするように、ダリヤは鼻で笑う。

「今はわたしのもんだとはしても、セーラは生きている。この中であんたを見てる。あんたの情けないところも全部ね」

 ダリヤはロルフさんから離れて、手を胸に当てる。しぐさで、わたしの存在を示してくれた。ロルフさんは目を見開き、「生きているのか? 本当に?」とダリヤの両肩を掴んだ。肩を揺さぶるような勢いがある。

「ああ、わたしゃ、嘘はつかない。特に、このセーラは気に入っているんだ。単純で面白くて、魔女に同情までしてくれる。おろかで、バカで、それでいて、意外と芯が強い。セーラに関しては嘘はつかないよ」

「俺は……まだ、話したことがない。だが、面白いのは確かだ」

 ふたりして「面白い」と言うけれど、わたしには自覚というものがなかった。どういう意味だろうか。わからなすぎて、むすっとしたい。

「あんた、言葉足らずなんだよ。セーラが勘違いして、むくれている。面白い理由をちゃんと説明しな」

「そうなのか」

 ロルフさんはうなって、顔をうつむかせた。ダリヤの肩から手を離し、腕組みをする。何から話そうかと考えているようだ。焦らすような時間が流れた。ロルフさんはふたたび顔を上げた。

「俺はセーラの表情が変わるのが面白いと言った。俺はこの通り口下手で、話すのは好きじゃない。だが、セーラとは言葉がなくとも通じている気がしていた……、セーラは言葉がわかるのか?」

「わかるよ」

「そうか。わかってほしいのだが、バカにしたわけではない」

 わたしもロルフさんとの生活の時には、言葉なんて無くても平気だった。名前を呼び合えるだけで通じたような気になっていた。

 ――「わたしも言葉が無くても通じている気がしてました」

 あの頃は本当にそう思っていた。お城に置き去りにされるまでだけど。ロルフさんの気持ちが少しはわかっているというおごりがあった。

「そいつは元に戻った時に話してやるといい」

 ダリヤはおそらくわたしに向けて言った。ロルフさんにはわたしの言葉を告げなかった。たまに見せる魔女の配慮がありがたかった。

 ロルフさんはまた、ダリヤの両肩を掴んだ。食って掛かってくるように真剣で、茶化したりできない雰囲気がのしかかってくる。

「それから、セーラ、きみには申し訳ないことをした。突然、見知らぬ場所に連れていかれ、心細い想いをしただろう」

 いきなりこの話をされて、「うっ」と声が出そうになった。もはや、聞きたくない、避けたい話だった。いまだに、ロルフさんに捨てられたというくすぶった感情が残っているのだ。考えないようにしているけれど、結構根深い。

「だが、城に連れていったのは間違いだとは思えない。もし協会の連中が再び脅してきても、また、きみを差し出す。それは仕方のないことだ」

 「仕方ない」とは自分でも思っていた。でも、はっきりと告げられると、胸が苦しい。恨み言がどんどん出てきてしまう。

 心細いというだけではなかった。毎日を迎えるのが恐かった。魔女と融合しなければ、殺されるかもしれない。融合しても、殺されるかもしれない。どちらも恐くて逃げたかった。ロルフさんのことを思い出さないようにがんばった日々を、この人は知らない。一度も後ろを振り返らなかった大きな背中がずっと目に焼きついている。ロルフさんに届けと叫んだ自分の声が今も耳に残っている。

「英雄なんて、大したもんじゃないんだねぇ」

 結果、ダリヤはロルフさんをそう評価した。

「この男はいつもそうです」

 モニクが割りこんできて、ますますややこしくなっていく。まだ、料理の途中らしく、おたまを持ったままだ。

「自分の大事なものより、大勢にとって大事なものを優先させるのです。ジゼル様の時もそうでした。あなたは協会のおどしに屈しました。お可哀想に病に倒れて。わたしは知っていました、原因は呪いのせいだと。それも仕方ないと言うのですか!」

「……そうだ、仕方なかった」

 わたしが思っていたロルフさんのイメージは、もっとぼんやりしていたのかもしれない。元騎士で白馬に乗って、英雄とされていて、ひとりで生きていける強い人だと思っていた。

 でも、目の前にいる髭もじゃの男は、英雄とは程遠い顔をしていた。眉間にしわを寄せ、拳を握って何かに耐えている。必死に「仕方ない」と思いこもうとしているのかもしれない。弱い人だ。

「セブラン様はあなたを許しました。ですが、わたしは許しません。あなたには苦しんでほしい」

 ジゼルさんという人はセブランさんの妹。ジゼルさんとロルフさんはただならぬ仲だった。モニクはその一部始終を見てきた。きっと、そういうことだろう。

 ロルフさんはうつむいていた。言い返したりもせずに、言葉だけを受け取っているように見えた。

「ジゼル。ジゼル・アヴリーヌか。なるほど」

 ふたりの間に立つダリヤは、何か心当たりがあるようだった。わたしにしか聞こえないようにそっと呟いた。
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Clap