ヤメ騎士さんとわたし
第31話『脱出』
「さあて、行こうか」
ダリヤが勇ましく言った時、モニクは「ダリヤ、お待ちください」と引き留めた。
そして、城から脱出できる裏口のルートを知っていると言った。セブランさんから非常時に使うようにと、以前から教えてもらっていたらしい。
まさか、そんな場所があったなんて、知らなかった。わたしにも教えておいてほしかった。とかいう抗議も、ダリヤが知らないふりをしたら、無いものとされる。いつになったら、わたしの体を返してくれるのだろう。大事にはしてくれているみたいだけれど。
「それから、これも着てください」
モニクは、ダリヤの肩に、フードつきのローブを羽織わせる。袖は通したものの、フードが気に入らないらしい。ダリヤは「被らなきゃならないのかい?」と、何度も確かめた。ただ、モニクは譲らない。
「お顔が見えれば、セーラ様が危険にさらされてしまうかもしれません」
「セーラを出すなんてずるいねぇ」
ダリヤはしぶしぶフードを被った。そうだ。わたしは全部見ている。いずれは、わたしの体も無傷で返してもらうのだから、それくらいは当然やってほしい。
準備が整うと、部屋を出た。モニクの案内で程近い通路にやってきた。岩壁ばかりが続く狭い通路を行く。壁には等間隔に燭台がかかっていた。窓もない。
モニクは部屋から燭台を持ち出していた。壁掛けの燭台に火を移しながら進む。使用人も立ち寄っていないのか、壁や床が苔むしている箇所もあった。だから、湿っぽく感じるのかもしれない。
モニクは通路の中ほどで立ち止まった。
「ここです」
古ぼけた木の扉の前だった。この先に、城から脱出できる通路があるらしい。取っ手を握り、押し開く。そこには闇の口が広がっていた。一歩踏み出せば、すぐに闇に飲みこまれてしまうだろう。
「この先です」
モニクは闇のなかに先に入り、燭台を探しだした。壁かけの燭台に火を移すと、闇のなかをわずかに照らした。ダリヤはモニクの後を追って、薄明かりのなかに足を踏み入れる。
自分の体を操っているのが、わたしじゃなくて良かった。この暗闇ではコウモリや何かがいてもおかしくない。ダリヤは特にひるむことなく、足を踏み入れた。
「へぇ、こんなふうになっているのかい」むしろ、面白がっているようだ。
モニクは壁づたいに歩いていく。まるで迷路を歩くみたいな行き方をする。燭台を持っていない右手を壁につけて歩くと、迷わないはずだった。ダリヤといえば、興味深そうに闇のなかを観察していた。
――「ダリヤは何をしてるの?」
「ああ、よくこんなものを作ったと思って、感心してたのさ。魔法なのかねぇ」
ダリヤは息を吸いこむ。聞けば、魔法にも特有の香りがあるらしい。ダリヤほどになれば、かぎ分けられるというけれど、本当だろうか。モニクは「ここはあまりしませんね」と言っていたから、わたしよりか魔女の素質はあるのだろう。
通路の先に、鉄の輪がついた扉があった。わっかはドアノブのようなものなのかもしれない。板が縦に組まれた扉は、城のものにしては簡素で、古めいていた。板からはわずかに外の光の筋が漏れていた。
モニクがわっかに指をかけて、扉を開ける。闇に慣れていたダリヤが目を細めた。痛いほどの明かりが、目の奥をしばらく刺激した。少しずつ、瞬きをしながら、光に目を慣らす。ふたりは外に向かって、足を踏み出した。
外気が鼻を通して、肺に入りこむ。ダリヤは深呼吸した。体にこびりついた埃臭さも一緒に吐き出たように感じた。
「久しぶりだねぇ」
「わたしも、久しぶりです」
外壁に囲まれていたけれど、木々の枝には鳥がひと休みしていた。木の葉が色を変えて、枯れ落ちようとしている。ダリヤの口から白い息がもれる。冬が近いのかもしれない。
「街なんていつぶりかねぇ」
「街には出ませんよ。外壁のなかにも隠し戸があるのです」
「そんなんで城の警備は大丈夫なのかい?」わたしもそれをぼんやり思った。敵にバレたりしたら侵入し放題じゃないかと。
「セブランさんが作らせたそうですよ。いずれは完全に閉ざしてしまう、とか」
「なるほど、そりゃあ、まあ、安心か」
ダリヤと一緒に納得してしまった。でも、セブランさんのすごさというか、実行力の高さに感心してしまう。ロルフさんを助けられなかった気持ちだけで、ここまでできてしまえば、そんな罪の重さに苦しまなくてもいいような気がする。わたしもこれくらいの覚悟ができたら、いいのだろう。
とにかく、お城から出られたわたしたちは、ひとまず街道へと向かう。街道の先にあるという魔女の用事を済ませるために。