ヤメ騎士さんとわたし
第30話『戦いの後』
目覚めたといえるのか、少し自信がない。でも、ダリヤの視点を通して、外の状況がわかった。ダリヤは燃えさかる炎とがれきのなかで、たたずんでいた。地面には横たわる人々がいる。ダリヤは、自分が起こした惨状にも「終わったか」としか言わなかった。
こっちが「やめて」といっても、まったく聞き耳を持たなかった。
「セーラ、すまなかったね」
ダリヤらしくなく謝ってくるから、怒りが治まってしまった。単純かもしれないけれど、仕方なかったのかな、とまで思う。魔女はその点のかじ取りがうまい。
――「これから、どうするの?」
「お、向こうから来た」
ダリヤが言った通り、薄暗い部屋の奥から足音が近づいてくる。青白い光が氷の玉を作り出し、炎を消していく。炎が弱まった中を、モニクが駆け寄ってきた。スカートを摘まんで、くるぶしを出すなんてモニクらしくない。がれきに足を取られそうになりながら、どうにかこちらまでやってきた。
「セーラ様、なぜ、このような?」
息を刻みながら、モニクは混乱を言葉にした。
「わたしは、セーラじゃないよ。そう言えば、わかるだろ?」
モニクは口に手を当てて、驚いたようにしていた。すぐにピンと来たのだろう。
「魔女のお方……」
ダリヤはいつものように、「ははは」と軽い笑い方をした。
「ダリヤでいいよ」
「しかし、ダリヤ様」
「おいおい、あんた、魔女に敬称をつけるのかい?」
モニクを困らせているのが楽しいらしい。ダリヤはかなり面白がっている。
「わかりました、ダリヤ。あの、この人たちは?」
モニクは辺りに散らばった人々の姿を眺めながら、たずねた。誰ひとり起き上がろうとしない。息をしていないとしたら、わたしはダリヤを許せないだろう。わたしの体を使って、人を殺したなんて、謝ったとしても取り返しはつかない。
「死んではないよ。しびれ魔法を少し食らわせただけさ。しばらくすれば、起き上がれるようになる」
あんな切羽詰まったような場面で、手加減もしていたなんて、ダリヤの頭のなかはどうなっているのだろう。
「セーラがうるさいからさ」
一応、わたしの声が聞こえていたようだ。だったら、相づちくらいくれてもいいのに。無視されているみたいで悔しかった。
「セーラ様は、いらっしゃるのですか、そのなかに?」
「ああ、このなかにいるよ。あんたとわたしのやり取りを見ている」
確かに見ているけれども。がれきと炎のなかでのんびりと会話をしていて、不安になってきた。
――「早く、ここから出たほうがいいんじゃないかな?」
「追手は来てるのか、モニク?」
「幸い、ここは城から隔離されている場所にあるので、まだ、大丈夫でしょう。しかし、長居はよろしくないかと。ひとまずセーラ様のお部屋に戻りましょう」
「ああ、わかった」
ダリヤも大人しく従うことに決めた。薄暗い部屋を抜けて、わたしの部屋までたどり着く。道中、人に出会わなかったのは奇跡だと思えた。部屋に入ると、ダリヤは髪をかきあげた(わたしはあんまりしない)。
「着替えなくてはなりませんね」
モニクに言われ、ダリヤは自分の着ている服を見下ろした。服の裾は、あれだけ暴れたために、汚れて傷ついていた。焦げ跡もできていた。
「やり過ぎたかねぇ」
モニクがクローゼットから服を持ってきてくれる。ダリヤが選んだのは、いつもの余裕のある白い服ではなく、腰がきつめなドレスだった。レースも少ない飾りのない黒くて、魔女のために用意されたかのようなドレスだった。ダリヤはコルセットもドレスのスカート部分に丸みをもたせる木の枠も断った。
「邪魔なものはいらないよ。とんがり帽子もいらないからね。歩くときに邪魔さ」
魔女はとんがり帽子のイメージがあるけれど。
「まあ、世界を破滅させたいなら、わたしにかぶせてもいいよ。あと、杖だね。魔力が増大して、穴だらけにしてやれる」
「本気ですか?」冗談の通じないモニクは、ダリヤにたずねている。
「本気かもねぇ」
ここからはダリヤの顔は見えないのだけれど、にやにやしている気がする。いちいち真面目に取る、モニクの反応が嬉しいのだ。
ふたりがやり取りをしている間に、部屋の前が騒がしくなってきた。足音が近づいてくる。もちろん、部屋のなかにいるふたりも気づいて、声を殺した。ノックをされた。モニクが扉に近づき、開ける。そこにいたのは、白銀にきらめく鎧を着たセブランさんだった。
「セブラン様」モニクは息を吐き出して、その人の名前を呼んだ。
「まずいことになった。早くここを出ないと。リージヤが魔女が現れたと触れて回っている。ここに来るのも時間の問題だ」
リージヤは恰幅のいいメイドだ。モニクを目の敵にして、今回の騒動も覗き見ていたのかもしれない。モニクの細かな失態も見逃さないように。
「わたしがリージヤの元に行きます。リージヤが虚言を言っていると訂正してきます」
「無駄だ」セブランさんはモニクを引き留める。
「リージヤはすでに儀式部屋まで案内しているだろう。この間に、逃げたほうがいい。きみも」
儀式部屋での惨状を前にしては、「魔女はいない」といっても信じてはもらえないだろう。セブランさんの言うように逃げるしかない。
「わたしもそう思う。モニク、今からあんたはわたしに誘拐されるんだ、いいね?」
ダリヤの問いかけに、モニクはセブランさんを見つめたあと、「わかりました」と決めた。
セブランさんがダリヤを真っ直ぐ見つめた。
「しばらくの間、モニクを頼む。いずれ、モニクを迎えに行く。その時はあなたを悪者にしてしまうが、許してほしい」
「魔女に頭を下げるのはやめるんだね。利用してやる、ってぐらいの方がいいよ」
ダリヤはセブランさんから微笑を引き出した。「ありがとう」なんて。しかし、すぐに緊張感を含んだ顔に変わる。
「行き場所はどうする? わたしが信頼できる男はひとりいるが」
セブランさんが信頼できる男。
「ロルフか」
ダリヤが答えを簡単に導いてくれる。だけど、ロルフさんは受け入れてくれずに、追い返すかもしれない。
「わたしの方から伝令を行かせて、先に知らせておく」
セブランは違うとは言ってはくれなかった。ロルフさんがどんな思いでいるのか、わたしたちにどう接してくるのか、わからなかった。本当は行かないでほしかった。だけど、わたしの考えはダリヤ以外には気づかれない。気づいても、ダリヤは拾わない。「わかった」と言ってしまう。
「ただ、寄りたい場所があるから、それからで」
ダリヤは以前、用があると言っていたかもしれない。場所がわかるか、金はあるか、セブランさんは色んな世話を焼いてくれた。主にモニクに向けてだったけれど。名残惜しそうに何度もモニクを見てから、セブランさんは部屋を後にした。