ヤメ騎士さんとわたし
第3話『猟師の親切』
家のなかは丸太の壁でできていた。森にいた時よりも強い木の香りが、めいいっぱい体を満たす。
家具もほとんどが木製で、自然の模様がいい味を出している。暖炉の温かみのある光も木肌をぼんやり照らしていて、いいものだなあと思った。
暖炉の前には1人がけ用のソファーがあった。猟師さんはソファーの背もたれに1着の服をかけた。「ん」と小さく顎で示してくれたから、おそらくわたしへの着替えなのだろう。
肩口を持って開いてみると、でかめの白シャツだった。
袖をまくらないと、きっと、ぶかぶかだ。首もとまでボタンがついているのは、鎖骨を出したくないから助かる。ボタンを外して、白シャツを広げた。着替えようと思ったのだけれど、気になることがひとつある。
猟師さんに視線を投げかけたら、窓枠に手をついて外を確かめることにしたらしい。その角度からでは、わたしの姿は見えないだろう。なかなか、空気の読める人らしい。気がねなく、一気に脱いでしまおうとした。
「あ」
そこで思わず、声がもれる。ルームウェアの下はカップつきのキャミソールだった。今、気づいたけれど、キャミソールを脱いだら、胸を守るものがないのだ。このままシャツを着たら、透けてしまう。
一応、これでも女なのだ。猟師さんは男だ。見せたくないものはある。そこでわたしは考えた。胸を隠すさらしを巻けばいいのだ。
でも、こればかりは猟師さんにたずねないとまずい気がした。
「ちょっと、いいですか?」
猟師さんの腕に触れると、青い瞳がこちらに向けられた。「さらしに、したい」と片言になりながら、頭を拭くのに借りた布を胸に巻いて見せた。恥ずかしかったけれど、もうこうするよりなかった。
あとは、両手を横に伸ばすような仕草をして、長い布が欲しいことをアピールした。
猟師さんは腕組みをして、しばらく目を伏せた。あまりにも見ていられない姿だったのだろうか。胸に布を巻いたままの自分が恥ずかしくなってくる。
何かを呟いて、猟師さんは部屋の奥まで歩き出した。その先には、人間ふたり分くらい余裕のありそうなベッドが置かれている。猟師さんの体格だったらちょうどいいかもしれない。
でも、なぜ、ベッドの方へと行くのだろう。まさか、ベッドに誘ったと勘違いされたとか。それだけは困る。ほら、色々と無理だ。身体的にも、心的にも。
わたしのバカな想像をよそに、猟師さんはシーツを引っ張り出した。何をするかと思いきや、シーツを縦に裂いていく。
長く細い布はわたしの胸のさらしには十分だった。もったいないと思いながらも、わざわざここまでしてもらって、ありがたい。
切り出された長い布を受け取り、「ありがとうございます」と頭を下げた。
猟師さんがベッドのシーツを替えている間に、わたしはさらしを巻いて、胸を守った。その上からシャツを被れば、多少違和感はあるけれど、透けてしまうことはなかった。
長い袖をまくれば、見事な彼シャツ姿。23年生きてきたけれど、こんなシチュエーションが本当にあったとは、漫画を甘く見ていたらしい。
しかし、足元はすかすかだ。お尻まで隠れているとはいえ、恐いのでダメになったシーツを腰に巻いた。少しは動きやすくなった。
新しいシーツを替え終わった猟師さんは、次にキッチンに向かった。
暖炉の東側にあるキッチンは、テーブルの先にあった。フライパンや木のおたまが壁に吊られていて、かまどの上には大鍋が置かれていた。食器棚もあって、猟師さんの大きな身体では窮屈に見える。片隅の水が張られた大樽は、水道の代わりをしているのかもしれない。
猟師さんは火つけ石を取り出すと、かまどに火を点けた。鍋の中身が温まっていく。湯気に乗って美味しそうな香りが食欲を誘った。
まさか、とは思う。この親切な猟師さん、食事まで用意してくれるつもりだろうか。こんな見ず知らずのよくわからない日本人に、親切にするメリットなんてあるだろうか。考えても、メリットを挙げられない。
期待してはいけない。勝手に期待して、この猟師さんを悪く思う自分が嫌だ。
少し構えてキッチンの端で立ち続けていたら、「ん」と猟師さんから小さく指令が来た。目線はわたしに、親指が食器棚を示す。お皿を出してくれということかもしれない。
少しでも役に立てることがあって、嬉しかった。
大鍋の中身はスープのように見えたので、深めの皿を選んで、テーブルに置いた。2枚という意識がなくて1枚を取り出したら、猟師さんはまた「ん」と食器棚を顎で示した。
また二度目のまさかだった。食べ物をくれるらしい。この猟師さんは、徹底的にわたしの世話をしてくれるらしい。
2枚目を仲良く横に並べたら、お皿に湯気をまとったスープが注がれた。肉とじゃがいものようなものが仲良く浮かんでいた。猟師さんは木のスプーンを置く。そして、椅子を後ろに引いた。まるで、座れと言うみたいに。
わたしはもう「ありがとうございます」と言うしかなかった。こんな親切な人がこの世にいることに嬉しい反面、ただただ戸惑っていた。