ヤメ騎士さんとわたし

第27話『前触れ』


 次の日は、朝から体がだるかった。腰から下にかけて、やけに重い。足かせをされた上に、鉄球でもくくりつけられているみたいに足取りは鈍かった。

 それでも、どうにかソファーまでたどり着いた。腰をずり上げると、ナイトドレスの裾がくしゃっとなる。しわになってしまうけれど、わざわざ座り直す気にはなれない。ここからもう動きたくなかった。額に手の甲を当てたら、まあまあ熱い。これは、風邪かもしれなかった。

 こっちの世界に来て、病気とか、しゃれにならない。

 部屋に現れたモニクに体調を伝えると、妙に真面目な顔で見つめられてしまった。無条件に心配されると思っていたから、想定外で驚いた。

「まさか、もしや、それは副作用では?」

「ふくさようって何ですか?」すかさず、返した。

「魔女との融合が進んで、体に支障が出ているのではないか、という意味です」

 モニクは言い切るけれど、わたしは首を傾げた。

「融合が進むなんて、何にもしてないです。ただ、適当なことを話しただけで」

「触れたりなどはありませんか?」

 言われてみれば、記憶に思い当たった。ちょうど、昨日の会談の時だ。ダリヤに手首を掴まれた。夢のなかだから体温は感じなかったけれど、触れたといえば触れた。

「触りました」というわたしの答えを待って、モニクは続きを話した。

「わたしが協会にいた頃に、本で読んだことがあります。ふたつの魂が触れ合うときに、融合がはじまると。そこから少しずつ融合は進むのです」

 モニクが協会にいたことも初耳だった。でも、それよりも、モニクの話が本当ならば、融合とは段階を経て進んでいくものらしい。一度に、「はい、融合します」とはならないようだ。

 今にして思えば、夢のなかで壁に触れたことも、融合に近づいたのかもしれない。だから、言葉を理解し、話すようになった。気づかないわたしもおバカだった。

 だとしたら、わたしが「融合しない」といっても意味はなくなる。少しずつ融合に向かっているのだとすれば、会談をやめない限りは続くということだ。

「マジか」ひとりごとが出た。

 もうほとんど痛まないのに、ダリヤに掴まれた手首をさする。あのにやけ顔を思い出す。

 なぜ、詳しい融合の仕方を教えてくれなかったのだろう。昨日だって、教える機会はあった。そういう話題にもなったのだし。

 どうせ、あの魔女のことだ。知っていたはずだ。知っていて、言わなかった。胸の内では嘲笑っていたに違いない。

 知らない間に融合が進んでいたなんて、こっちはまるで笑えないのに。

 だるさが取れずに本日の会談は中止になった。わたしとすれば、ありがたい。歩くだけでもしんどかったからだ。モニクが対応してくれたので、おじいさんと顔を合わせないで済んだ。

 ソファーの背もたれにぐったりしていたら、昼にはセブランさんがたずねてきた。慌てて、ナイトドレスの上から、ショールを纏った(一応、男性を前にしているということで)。セブランさんとわたしの分も、モニクが紅茶をいれてくれる。

 ソファーに腰を落ち着かせたときを見計らって、わたしは頼まれていた魔女の力の話をした。特にロルフさんの家を飲みこむほどの力について話すと、セブランさんは前屈みになった。よっぽど、惹かれる内容だったのだろう。わたしが話し終えると、顎に手を当てて、格好良く考える姿勢を作った。

「しかし、あのじじいたちはどうやって、魔女を縛り付けるつもりだろう?」

 わたしも気になっていた。魔女のほうが圧倒的な力を持っている。そのなかで、魔女がおじいさんに従うとは思えない。逆もない。

「人質……」

 モニクがつぶやいた言葉に心が冷えていくのがわかる。ダリヤには効果がなくても、わたしには十分ある。

「協会の連中ならやりかねない」

 ロルフさんの件もある。そこを何とかしないと、前には進めない。

「とにかく、きみは早く融合すべきだ。じじいにはバレないように」

 意味はわかったつもりだった。でも、あまり自分以外の人から言われたくなかった。融合、融合、もう飽きるくらいに言われた。

 外堀が埋められていくのが何とも言えない。融合をしなければならないという雰囲気になるのが嫌だった。体がだるいことを告げると、セブランさんは一瞬、眉を中央に寄せた。そこですかさず、モニクが“ふくさよう”の話を付け加えてくれる。セブランさんは眉間を開いた。この人も心配してくれないらしい。

「つまりは、もう少しで完全に融合できるということなのか?」

「おそらく、わからないですけど」

「そうか、それはいい。その時がくれば、逃げるために、わたしも協力しよう」

 わずかに口の端が上がった。セブランさんは、ロルフさんと親しくしているとはいえ、不思議だ。

「セブランさんはどうして、わたしを逃がそうと協力してくれるのですか? 他人なのに」

「確かに他人だが、協会のやり方は間違っていると思う。きみを助けられれば、ロルフを助けたことになるかもしれない。助けられなかった方も、心に引きずるんだよ。きみにとっては迷惑かもしれないが」

 「引きずる」については、わかる気がする。わたしもいまだに引きずっている。おバカだと思ってはいても、引きずらずにはいられない。あの人のことだけは。
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