ヤメ騎士さんとわたし

第23話『見切り』


 台座の上で目が覚めると、心が一気に谷底まで落ちるのがわかった。夢から現実に戻ってきてしまった。魔女との会話の方がマシだと思えるなんて、おかしな現象が起きている。

 目の前で、おじいさんと弟子のどうでもいい話が繰り広げられる。わたしは黙って聞いていた……というより、流していた。昨日のモニクさんのように、嵐が過ぎ去るのを待つ。一番いい方法だった。

「前の娘同様、魔女との融合は、ほど遠いですね。時間の無駄なのでは?」

 また、その話だった。聖魔術師なんちゃらとしては、結構、切羽詰まった状況なのかもしれない。いい気味だと思いながら、表情はにやけないようにと、がんばった。

「こうも進展がないとは、な。早めに見切りをつけるか」

「見切りをつける、とは?」

 別の声がした。細めの眉、切り目。薄い唇は微笑すら浮かべない。何で、セブランさんがいるのだろう。トーチの明かりの間から現れた白い鎧姿は、完全に浮いていた。

「アヴリーヌ副団長。なぜ、ここに?」おじいさんも疑問に思ったらしい。

「それより、どういうことですか? 彼女はあの英雄が連れてきた客人ですよ。あの英雄から『丁重に扱え』と言付けも受けています」

「英雄とは、まさか、あのロルフ・シュバルフォレのことか」

 構えていなかったから、おじいさんの口から出た「ロルフ」で、簡単に胸の奥の心音が跳ねた。「英雄」だなんて、はじめて聞いた。集落で見た、住民たちの歓迎ぶりを思い起こす。やっぱり、すごい人だったのだ。ロルフさんはわたしだけでなく、みんなの英雄だった。

「しかし、あれを英雄などとは笑わせる。この娘を売ったではないか」

 そして、わたしをお城に売った事実が、遅れて重くのしかかってきた。ただでさえ、きついのに、ますます心を潰すように重みを増す。

「過去にどのような英雄だっただろうと、娘を捨てたことに変わりない。我々の脅しに屈した、腑抜けた過去の人間だろう」

 おじいさんは、ロルフさんを簡単に、けなしてくる。わたしはわいてきた感情を押し殺そうと、拳を握った。腑抜けたなんて、過去の人間なんて、言われたくなかった。わたしはロルフさんの華麗な過去は知らない。けれど、おじいさんの口を黙らせたい気持ちにかられた。

 しかも、脅しって何だ。

「脅しと認めますか。集落の人々を人質にしたやり方は、卑怯ですね」

 セブランさんの話を聞いている限り、ロルフさんは集落の人々を守るために、わたしをお城に連れてきた。捨てたかったわけではなく、こいつらから脅しを受けていたからというのだ。セブランさんは話を続ける。

「たとえロルフが過去の人間だとしても、彼は語り継がれる者です。あなたたちと違って」

 最後は小さく吐き捨てたけれど、おじいさんの耳には届いたらしい。明らかにしわくちゃな顔が険しくなっている。

「口が過ぎますよ、アヴリーヌ副団長。この方の立場を知っていて、そのような物言いをするのは、おろかです。あなたを騎士団から追放することも、たやすい。副団長ごときで口出しすることはやめたほうがいいでしょう」

 弟子の言葉に、おじいさんは満足そうに、にやけた。ふたりの間にただよう悪人の雰囲気が、気持ち悪かった。セブランさんはまったく動じない。白い鎧がすべてを跳ね返すみたいに。

「口出しする気なんてありません。ただ、もう少し待ってはいかがかと。彼女は他の娘たちと違い、泣きもわめきもしない。案外、魔女とはうまいこと、やっているのかもしれませんよ」

「ふむ」おじいさんの視線がわたしの方に向けられる。

「まあ、よい。次の娘を呼ぶにも準備が必要だからな。それが整えられるまで、せいぜい努力するがいい」

 偉そうに言われたけれど、一応、まだ、この生活は続くらしい。少しでも時間が伸びれば、ダリヤの提案についてもじっくり考えられる。いいことだと思おう。

 話が済むと、セブランさんがわたしを部屋まで送ってくれることになった。途中で、モニクさんも加わった。相変わらず、リージヤに絡まれていたようだった。でも、わたしの隣にセブランさんがいたからか、すぐに解放された。リージヤの横を通り過ぎた時、引きつった顔が見えた。

 お城の端っこの部屋に着くと、セブランさんは入り口側のソファーに座った。部屋に入ってから、冷ややかな切り目にとらえられている。わたしがどう動くか、観察しているようだった。無言の時間が流れる。先に息を吐いたのは、セブランさんだった。

「さて、セーラ。話してもらおうか」

 セブランさんは長い足を組んで、わたしに向けて話を切り出した。聞き取れても、どう反応していいか、わからなかった。「話してもらおうか」とは、どういう意味だろう。簡単に理解してもいいのだろうか。

「きみはわたしの言葉を理解できるだろう?」

 核心をつかれた。理解できない振りでも何でもなく、ただ言葉が出なかった。

「セブラン様」モニクさんがたしなめるように言うけれど、

「いや、モニクも気づいていただろう?」

「ええ。確信はありませんが、わたしたちの言葉に感情が動いているように見えました」

 恥ずかしい。モニクさんにも気づかれていた。つまり、言葉を聞いたわたしの表情がわかりやすく変化していたと。それを見た、モニクさんにはわかったという。そんなにあからさまだったかと、頬が熱くなる。

「それだ。くそじじいとその取り巻きがロルフをけなした時、セーラは眉をつり上げていた。拳も握っていたな。まあ、あのくそじじいは、まったく気づいていないようだったが、な」

 態度がバレバレだったらしい。もう一度、「話せるのだろう?」とセブランさんは粘った。

 わたしは自分の喉に手を当てた。現実で言葉を出すのは久しぶりな気がする。上手く声を出せるか、自信がなかった。小さくかすれた声で慣らした後、お腹をへこませた。

「はい、話せます」

 どう聞こえただろう。噛まずにはっきり伝えたつもりだけれど。ちゃんと言葉が伝わっただろうか。きちんと伝わったことがわかったのは、セブランさんが「だろうな」と笑った時だった。
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Clap