ヤメ騎士さんとわたし

第21話『魔女の部屋』


 わたしたちは通路を引き返し、城の奥の端まで歩いた。かなり長い距離を歩いてきたので、まさか、地下牢にでも入れられるのかもしれないかと思った。

 何といっても、わたしはもう「魔女」なのだ。ちょっと夢の中で魔女と会っただけなのに「魔女」と呼ばれているのだ。

 こちらの世界でも「魔女」は、あまりいい印象が持たれていない。ダリヤを見れば、印象が悪くても当然だろう。あんなごう慢で、謙虚のけの字もない。自分勝手で、人をあざ笑う、最低の……悪口はそこまでにしておこう。

 とにかく、あんな魔女と一緒にされているのだ。地下牢に入れておけというのもありそうで困る。

 地下牢のことを考えれば考えるほど、向こうから格子扉を開けて、近づいてくるようだった。

 結局、たどり着いた部屋は地下牢ではなく、古ぼけた部屋だった。じゅうたんも壁にかかったタペストリーも、日焼けして色があせていた。

 冷たそうな岩の壁には窓の口が開いている。いつの間にか、窓の外の雨は止んでいた。槍のように降っていたのに、もう針の一本すら落ちてこない。夕日が差しこんでいた。

 眠ったままの暖炉、クラゲのヒダがついたような天がいつきのベッド、赤褐色のクローゼット、それと同じ色の棚がある。

 暖炉の前のテーブルを挟んだソファーは、背もたれと座る部分が膨らんでいて、心地は良さそうだ。家具には埃が積もっていない。モニクさんが掃除してくれたのかもしれない。

 わたしは部屋を見渡せるように、中央まで歩いた。窓から差す夕日を浴びながら、入り口付近にいるモニクさんに目を向ける。モニクさんは両手を組んで、ぶれることなく、立っていた。

「ここがあなたのお部屋です。隣がわたしの部屋となっています。何かありましたら、すぐにおっしゃってください。ろうそくの替えはこちらの棚に……」

 モニクさんはわたしの相づちを待たずに話し続けた。けれど、言葉には違和感があった。「おっしゃってください」なんて、まるで、わたしが聞き取れることを知っているかのような話しぶりなのだ。

 しかし、疑問が浮かぶ。知っているのに、あのおじいさんに報告しなかったのか。

 モニクさんはわたしの監視役でもある。もし、聞き取れることを知ったのなら、あのおじいさんに真っ先に報告するだろう。

 だとすれば、すべてを打ち明けてはいけない。まだ、話すときではない。話すなら、もっと、モニクさんを観察してからでも遅くないと思った。

 開きかけた口を戻し、わたしは目をそらした。何も聞こえていない、話せない自分に見えるように振る舞う。

「お食事をお持ちしますね」

 その声にも反応してはならない。モニクさんが部屋から出ていくと、やっと、張っていた力が抜けた。しぼむみたいにソファーに腰を落とした。

 疲れた。朝から色々ありすぎた。ロルフさんに置いていかれたことも。魔女に会ったことも。魔女にされたことも。全部、自分の身に起きたことだとは思えない。

 だけど、起きたのは確かで、もう後戻りはできないらしい。ここから生きるか死ぬか。この先の展開を考える。

 もし、わたしと魔女とが魂を融合したとする。それで魔女になったとする。聖魔術師なんちゃらは、呪いのやり方を吐かせようと拷問してくるかもしれない。

 もうひとつ考えるのは、融合ができなかった場合だ。前の人は融合できなかったらしい。その後は、どうなったのか知らない。どこにもいない。この部屋で暮らしていたかもしれないのに、何の痕跡も残っていなかった。まるで、消されてしまったかのように。

 どちらに転んでも、わたしは無傷ではいられないようだ。

 魔女に会ったら、その辺りの話を詳しく聞いてみる。魂の融合の話と、前の人がどうなったのか、わかる限りの話を聞く。そこから、どうするのか、自分で決めるつもりだ。

 再び部屋にやってきたモニクさんは、食事も運んできた。銀色のトレーには具材を煮こんだスープが入った器と、パンとチーズが載った皿。塩気とは無縁だったから、チーズがあるのは嬉しい。

 こんな状況でもお腹は空く。パンを引きちぎり口に運んだ。

 ひとりで食事するのは、ここに来てはじめてだった。ずっと、ロルフさんがいてくれた。わたしの前に座っていてくれた。

 思い出しても、もういない。鼻の奥がつんと痛んでくる。涙を堪えようと、パンを奥歯で強く噛み締める。泣いてはいけない。泣かないと決めた。わたしは魔女と戦うのだから、こんなことで動揺してはいけない。今はとにかく、食べる。食べて忘れるのだ――。


 お城に来て、2日目。わたしは早起きで、窓に近寄り、まだ暗がりの残る外を眺めた。あの頃は、見上げれば、すぐに空があった。自分がいた世界と同じように空が存在することが、とても懐かしく思えた。

 今では窓をのぞきこまなくてはならない。城壁を避けてようやく、空のかけらが見える。心細いとしても、やるしかない。大きく息を吸いこんだ。

 モニクさんが来て、昨日と同じ装いにされた。長い距離を歩かされた後に、風呂に入れられた。もうその先は昨日と同じ道だった。道をたどれば、この先に待ち受けるものを知っている。辛気くさい部屋と台座と、おじいさんとその弟子。

「今日こそは結果を出してもらわんとな」と、おじいさんが言う。

 わたしは命令される前に、すぐに自分から台座に横たわり、瞼を下ろした。さっさとはじめればいい。わたしは抵抗する気なんてさらさらないのだ。むしろ、早く魔女に会って、話を聞き出したくて仕方ない。

 前置きはいらなかった。

「ほう、前の娘は暴れて面倒だったが、この娘はまだ、見こみがあるようだな」

 まったくありがたくない評価も必要ない。わたしの鈍い反応にも興味はないらしい。おじいさんは呪文を唱え出した。

 やっと、夢の中に行ける。すぐに眠れと、自分で言い聞かせた。ふわふわと台座から体が離れていく感覚がする。魂が魔女のもとに行こうとしているのか、よくわからない。

 夢の中へとやってきた。ダリヤはすでに、その場所に立っていた。

「また、会えたね、セーラ」
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