ヤメ騎士さんとわたし

第19話『魔女』


 全部吐き出したら、楽になった。ずっと、心にあったわだかまりが溶かすには、言葉にするしかなかったのだろう。吐き出された方は御愁傷様だけれど、わたしとすれば、最高にすっきりした……はずなのに。

 目の前の人は高らかに笑いだした。ひとしきり笑ったあと、目の前の人は目尻に浮いた涙を指で拭う。

「あんた、おもしろいね」

 そう言われても嬉しくなかった。この人の「おもしろい」は他人をバカにしているときのものだと、先程知ったばかりだ。

「おもしろいけど、あんたと融合するのはまた、別の話だから」

「その“融合”って、何なの?」

 はじめから何度か聞いてきたけれど、そもそも“融合”の意味がわからなかった。これでバカにされたとしても、わからないんだから仕方ない。

「わたしの魂とあんたの魂がくっつくこと」

 さっぱり意味はわからない。でも、引っかかるところを指摘していこうと思った。

「魂って、あなた死んでるの?」

「ここじゃ、足はあるけどね」

 女性はドレスの裾を掴んで両足を見せてきた。そのまま両足を床に下ろすけれど、音は聞こえない。確かに実体はあるのに。

「そういや、あんた最初に聞いたよね。『別の世界に呼び出されたってどういうことですか?』ってさ。どうせ、忘れていたんでしょ?」

 忘れていた、なんてことは認めたくない。話をそらされたまま、答えを聞いていなかった。あちらは覚えていたようだ。

「わかりやすくてよし。答えてあげる」

 女性は嫌みなく、快活よく笑った。

「とりあえず、その辺を語るには、わたしの話をしないとね。そんな嫌な顔しないでよ。すぐに終わるからさ。
わたしは、こう見えても魔女なの。まあ、見えないかもしれないけど、魔女の家系に生まれた由緒正しき、魔女のなかの魔女なんだ。
ちゃんと魔法も使えるよ。人を呪い殺す方法もばあさまから教えてもらった」

 魔女はさらりと言ったけれど、「わたしは人が殺せる」のだと、脅しに聞こえた。本人はそういうつもりではなかったかもしれないけれど、聞こえるのだから仕方ない。

「いつの間にか、人を呪い殺すことがわたしの仕事になった。それで、調子よく、呪い殺してきたら、聖魔術師協会の連中に目をつけられちゃった。捕らえられ、折檻の後、火あぶり。よみがえると面倒だからって、首まで……」

 2本の指で首元を横にそらすだけで、詳しい解説は必要なかった。首を落とされたのだ。

「そこでわたしの人生は終わりのはずだった。なのにさ、あいつら、わたしの遺品を保管してたんだ。わたしの類いまれな魔力を利用するために、ずっとね。
大方、権力闘争に呪いを使うつもりだったんだろうけど、肝心の方法がわからなかった。そりゃあ、魔女が簡単にやり方を遺しておくわけないものね。
手っ取り早く、わたしの魂をよみがえらせることにした。連中は、聖魔術の使い手のくせに、闇魔術に手を出したんだ」

 そんなことがあり得るのかと疑問だった。だけど、魔女は確かによみがえった。自分の手柄だというように、時折、笑いながら語っている魔女は、目の前にいる。

「こうして、わたしはよみがえった。
連中は、呪いの方法を教えてほしいって泣きついてきたよ。だけど、わたしは連中を信用しなかった。いい提案もされたけど、何人かは話しているうちに腹が立って、殺しちゃった。
連中は自分達が殺されたくないからって、そのうち街の人間も使った。でも、街の人間は魔女に怯えるばかりで言葉もおぼつかない。話し合いにもならなかった。こっちも話したくなかったからね。
だから、わたしが助言したんだ。何にも関係ない別の世界の住人を連れてこいって。そうすりゃ、自分達も傷つかないだろ。こっちも興味あるし。その方法も事細かく教えてやったよ。そうしたらさ……」

 わたしはあまり聞いていなかった。頭のなかで必死に整理していた。つまり、魔術師が、別の世界で生きるわたしみたいな人間を呼び出した。その原因は、全部、目の前で語る魔女にある。

「全部、あなたのせいなの?」

「そうそう。あんたがこの世界に来たのはわたしのせい。でも、あんな森のなかに呼び出すなんて、手違いにも程があるね。わたしだったら、ちゃんとこの城の近くに呼び出せたのに」

「あなたのせいで、わたしはここに来たのね?」

 強調するようにゆっくり魔女に向けて言った。

「そうだよ。あんたは連中の思惑通りに動かなくちゃならない。ちゃんと、わたしと交渉し、できるだけ、早く融合しなくちゃならない。連中もそんなに長くは待ってくれないよ。
わたしは連中に、あんたを元の世界に戻す方法を教えてやってないんだ。つまり、あんたの前の女はどうなったのか。連中がどう後始末したのか。それをよく、考えたほうがいいよ」

 助言するようだったとしても、やっぱり、脅しにしか聞こえない。しかも、どう自分の不利益を考えたって、結論は「あなたなんかと融合したくない」だった。ためらいなく、口にした。

「いいね。そういう強気なところもおもしろい」

 何で、こんな嫌味な笑い方をするのに、ドレスなんか着ているのだろうか。手袋まで見かけ倒しで、腹が立つ。魔女なんだから、それらしく、真っ黒な服を着ておけよと思った。

「わたしはダリヤ」

 ダリヤは手を差し出してくる。手を取らないでいると、ダリヤはベッドから腰を上げて、無理やり指を重ねてきた。すぐに振り払うと、また笑われてしまう。白いもやが少し視界を狭めてきた。ダリヤは周りを見渡す。

「ありゃ、そろそろ時間みたいだね」

 ダリヤも、もやが迫っている現象に気づいたらしい。どんどん、ドレスの下を消していく。体も飲みこまれていく。もやが完全に視界を奪う前に、

「セーラ、これは忠告だ。連中の言葉が聞き取れるとしても、それは内緒にしておいたほうがいい。時には知らない振りをしたほうがいいこともあるんだ」

 ダリヤは言い残して、もやのなかに消えた。魔女がなぜ、そんなことを伝えてきたのか、意味がわからなかった。言葉なんか聞き取れるわけがない。聞き取れる方法があるなら教えてほしいくらいだ。

 だけど、そんないい方法があるわけもないことは、身をもって知っている。

 闇が落ちてくる。自分の立ち位置がわからなくなる。もうすぐ、夢から覚めるときなのだと、気づいた。
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