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好きですよね
「わたしのこと、好きですよね?」
こんなこと、本当は聞きたくない。でも、目の前の人は、わたしの方から聞かなければ教えてくれない気がした。
「好き……では、ない」
だったら、なぜ、眉間にシワを寄せ、胸に手をやっているのだろう。今にも吐き出しそうに苦しむ姿は、嘘を言っているようにしか見えない。
本来、彼は嘘を吐けない、優しい人だ。異世界へ来たわたしを、最初に見つけてくれた。お城まで無事に連れてきてくれた。それがどれほどの救いになったか。
その優しさに勘違いして、わたしは彼を好きになってしまった。この人の隣にいたい。だから、腰をすえて、言葉と生きていくための所作を学んだのだ。
「あなたの隣で生きていくって決めたんです」
「それは駄目だ。きみは自分の道を進まなければならない」
彼はわたしから距離を取るようになった。見つめてくる瞳は、いつも裏腹にわたしを求めている気がするのに。わたしの傷をえぐるように、彼はすべてを否定していく。
「きみは、いずれ元の世界に戻るんだ。そして、別の誰かと、しあわせに……なるんだ。それが、俺の望むことだ」
嘘ばかりを言う。わたしは元の世界に戻れない。現状、別の誰かとしあわせになんてなれない。彼は望んでいない。すべてが嘘だ。でも、彼が困るなら、もう踏みこんではいけない。終わりにしようと思った。
「わかりました。わたしは自分の居場所に帰ります」
「そうか」
「二度と会いません」
彼からの相づちが無くなった。
「別の誰かを探します。そして、しあわせになります」
彼への気持ちを押さえつけて、誰かとしあわせになるなんて無理だ。だけど、今回の機会でも、わたしは彼から本音を引き出すことができなかった。泣きたい。わめき散らして、うるさい女と記憶に残してやりたい。
そう思っても、「きみといると落ち着く」と言った彼の笑顔が邪魔をした。元の世界ではつまらない人間とされたわたしを、「いつも何事にも動じない。尊敬している」と評価してくれた。だから、わたしは彼の記憶のなかで、その通りの人間でありたい。そう思った。
彼に背を向ける。もう二度と、向かい合うことはないだろう。
「あなたのこと、好きでした」
未練がましいけれど、告げておきたかった。行くなと、本当は引き留めて欲しかった。でも、実際はなく、簡単に歩き出せる。胸が苦しい。この気持ちをわたしは過去にしなくてはならない。
「さよなら」
吐き捨てるように言い放って、前に進む。二度と後ろを振り返ったりしない。そう思っていたのに、わたしは後ろから抱き締められていた。
「……駄目だ。俺は、きみにさよならと言えない。傷つけたくせに、いざ、きみが去っていくのを黙って見ていられない」
泣いているのかと思うくらい、彼は声を震わせていた。何事にも動じないなんて、嘘だ。わたしは彼のひとことだけでこんなにも心が浮き沈む。
「今さら駄目なんて言わせないですから」
「ああ」
「あなたと、しあわせになりたいです」
他の誰でもないこの人とだから、しあわせの予感がする。
「わたしのこと、好きですよね?」
今ならその答えはきっと、いいものであると期待した。
◆
「わたしのこと、好きですよね?」
彼女の真っ直ぐな目に、心と同様に答える声もぶれてしまう。はっきり言ってしまえば好きなのだ。しかし、言えなかった。
彼女はこちらの人間ではない。別の世界からやってきたとされる、異世界の者だ。俺は舞い降りる異世界の者を探しだし、護衛するためだけの存在だ。伝承によれば、次の異世界の者が降りるときには、彼女は元の世界へと戻る。
つまり、いつ次の者が現れるかはわからない。明日、彼女がいなくなるかもわからないのだ。俺は自分本位の気持ちで彼女と深い関係になるのを避けた。
だが、彼女が「さよなら」と去っていくとき、気持ちを偽ることはできなかった。体は勝手に彼女を抱き寄せ、命乞いのように情けない声を出した。
「わたしのこと、好きですよね?」
長くかかったが、覚悟ができた。いつか、彼女が元の世界に戻るまで、俺はそばにいる。彼女のすべてを受け止める。その気持ちを問いの答えにこめる。
「ああ、きみが好きだ」
彼女が世界の仕組みに気づくとき、俺への気持ちも冷えきってくれたらいい。
おわり