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ふたりの話


 わたしが神子として異世界に来て半年。神子なんて聞こえはいいが、平和な世界にはわたしの存在なんて、ほとんど役に立たなかった。

 綺麗な真っ白い神子服を着て、神殿にひきこもって人の話を聞く日々。というか、言葉がまったく通じないので、うなずいているだけの簡単な仕事だった。

 まあ、それも新しい神子がやってきたことで、すべてが覆される事態になった。

 普通であれば、新しい異世界人は数十年に一度くらいしか現れないのだという。しかし、運がいいのか悪いのか、たった半年で新しい異世界人が降ってきてしまった。

 事態を収拾するため、国のトップが集まり、最終的にある結断を下した。

 ――この世界にふたりの神子はいらない。古い方の神子は任を解く。

 わたしの仕事は新しい神子に受け継がれ、古い神子は用済みとなった。晴れて神殿を出て、一般人として生活することとなったわけだ。

 しかし、言葉も不自由で、異世界人であるわたしを雇ってくれる場所なんて簡単には見つからない。そんなとき、手を差し伸べてくれたのはユベール様だった。

 半年前、休暇で趣味の狩りを楽しんでいたユベール様は、わたしが裸で倒れていたところを偶然通りかかり、木こりの夫婦とともに世話を焼いてくれた人だ。

 それから、のこのことユベール様とともにお城に出向いたせいで、神子にされてしまったけれど、責める気はない。もし、あの時、通りかかってくれなかったら、獣に襲われる=死しかないのだから。

 しかも、行き場のないところをお屋敷でメイドとして雇ってくれた。とても頼れる人だ。

 これは後に聞いた話だけれど、ユベール様といえば、由緒正しきお家柄に生まれた方だという。次男だからお家を継ぐことはなかったが、騎士団の副団長として腕(剣)を振るい、一軒家(お屋敷)持ちの素晴らしくハイスペックな方だ。

 眼鏡をかけてはいるが、その整った顔立ちはまったく隠せていない。むしろ、格好よさが増している。群がる女性たちも何のその、独身を貫き通している。

「なぜ、ユベール様、彼女いない?」

 こんなに素晴らしい方なのに、どうして女性の影がないのだろうか。もしかして、騎士団の仕事が忙しいからかもしれない。でも、騎士団の騎士でも結婚している人はいるだろうし。何でだろう。考えてもわからない。

「それはわたしが聞きたいくらいです」

「えっ?」

 耳もとで聞こえた声はわたしを驚かすには十分だった。

「ユベール様!」

 布を握りしめたまま、ボーッとしていたから、背後に誰かが迫っていたことなんて気づかなかった。

「レナ、ただいま帰りました」

 わたしにも通じるようにゆっくりと話しかけてくれる。

「お帰り、なさい」

 ほほえむユベール様と目線を合わせることはかなり恥ずかしい。変な感情がひょっこり顔を出しそうで、そのため、不躾だと思いながらも目線を外してしまう。

 またしても、行儀の悪い異世界人だと思ったことだろう。思ったとしても顔にも態度にもあらわさないユベール様は、相当な人格者だ。

 それにしても早いお帰りで驚いた。まだ窓の外は明るいし、わたしの掃除も終わっていない。いつもは暗闇とともに帰ってくるのに。それを考えると、まともに顔を合わせるのは久しぶりだ。

「ユベール様、帰る、早い、どうして?」片言の言葉にもユベール様はうなずいてくれた。

「仕事が片付いたから、しばらくはゆっくり休めそうですよ」

「そう」

 ここ最近のユベール様は、本当に疲れていらした。顔を合わす時間もなかったけれど、遠くで見てもやつれているなと思っていた。それがゆっくり休めると聞いて、心の底から安心した。良かった。

「そういえば、どうして、わたしに彼女ができないことを気にしていたのですか?」

 ユベール様は自室にあるひとりがけのソファに腰を落とした。しかも、ユベール様の真向かいにあるもうひとつのソファにかけるように促してくる。これではその質問から逃れられない。答えなくてはならない。



 わたしは意を決してソファに腰を落として、少ない語彙のなかから言葉を選んだ。

「ユベール様、素晴らしい。優しい、強い、格好いい、かしこい」

 たった半年で見てきたことを並べてきても信じられないかもしれないけれど、全部、わたしが感じた言葉だ。嘘偽りはない。

 時には過保護すぎて息がつまることもある。めちゃくちゃ礼儀に細かいし、指摘も多いから「もうやめて」と思うときも。わたしの身なりも満足するまで正してくるし。嫌なところも少しは見てきたつもりだ。良い点から悪い点を差し引いてもプラスのような人なのに。

「なのに、どうして、彼女いない?」

 ユベール様はいつもは下品ですよと指摘するはずの頬杖をつきながら、考えるしぐさをした。そのしぐさを解いたとき、ユベール様はまっすぐわたしを見つめてきた。

「それは、女性に興味の薄いわたしのせいでもありますが、レナのせいでもあります」

「わたし?」

「女性たちの前でわたしが話すことといったら、あなたの話だけです。他の女性の話をする男など嫌でしょう?」

「なぜ、そんな?」

「あなたの話が好きだからです」

 わたしの話が好き?

「あなたのことを思い浮かべるとき、わたしはどんな嫌なことも忘れてしまいます。どんなにつらくても、あなたの笑顔で乗り越えていけます。元気になります。だから、必然的にあなたの話が好きなのです。はじめはかよわい異世界からの女の子を守るだけのつもりでした。しかし、いつしかこうやってそばにいてほしいと思うようになりました。このようなあたたかい気持ちを教えてくれて、ありがとう、レナ」

 唇を噛んで耐えようとしているのに、ユベール様の笑みがすべてを無駄にした。きっと、ひどい泣き顔になるに違いないのに、それでも涙をこぼさずにはいられない。ユベール様が悪いのだ。

「ユベール様、わたしも、ありがとう。わたしも、好き」

 しゃくりあげながらどうにか伝えられた。わたしもユベール様の話をするのが好きだ。回りから「ノロケるな」と変な指摘を受けてしまうけれど、わたしは気にしない。ユベール様も同じなのだ。嬉しい。

 涙でまったく見えない視界を手でこすったら、満面の笑みを浮かべたユベール様がわたしの鼻先まで近づいていた。頬にまで流れ着いた涙を大きな指でぬぐってくれる。

「レナ」

「ユベール様」

 わたしはユベール様の手に自分の手を重ねた。強く握りしめると、「好き」の気持ちもこめる。半年はいろんなことがあった。ユベール様をたぶらかしたという噂も、不出来な神子とされたことも、それも全部、ユベール様とともに乗り越えられた。わたしもユベール様のように伝えたい。

「ユベール様、これからも、どうか、わたしの、そばに、いて。話、して」

「喜んで」

 そういうと、ユベール様はわたしをあたたかい腕で包みこんでくれながら、とりとめのない話からはじめた。

おわり
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