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つかみかかって、頭突きして


 わたしは目の前のこいつが嫌いだ。本当に心底、ふんばっている足元から頭のてっぺんまで嫌い。歯ぎしりが出てしまうのもこいつのせいだ。

 こいつは、いつだって、わたしに突っかかってくる。今も、わたしが髪の毛をポニーテールにしたら「似合ってねえ」とか、男に告白されたら、「身の程を知れ」とか、好きな人がいるって言ったら「そいつ、可哀想だな」とか。

 わざわざ、体育館の裏にまで呼び出して言うことか? こっちはちょっと、「実は……」とか、ベタなシチュエーションを期待してしまいそうだったのに。

 負けていられないと、こいつのシャツにつかみかかる。高校生とは思えない喧嘩をする。「ポニテは女の特権なんだよ!」、「他に好きな人がいるって断ったし」、「可哀想じゃないし、むしろ、名誉だから」。力の差はあっても、言葉では負けない。負けちゃいけない。

「お前、何でいつもおれには、そんな態度なんだよ! 他の男にはへらへらしてるくせに!」

「他の男と違うなんて当たり前でしょ! わたしはあんたが好きなんだから!」

 かんしゃくのように言葉が飛び出した。だけど、これが本当の気持ちだった。

 掴みかかっているときだけは、何も考えなくてすんだ。ぜったい、後悔するとわかっていても、今さら優しくなんてできなかった。

 わたしの突然の告白を受けても、こいつは何にも言わなかった。顔が自然と地面に向く。

 もうだめだ。明日からは言い合いもできない。このまま、ただ家が近所なだけの同級生になる。顔を合わせるのも辛いだろう。もう、この場からも、いなくなりたかった。さっき言い逃げしとけば良かったと、後悔している。

 どのくらい地獄の時間を待ったか、「おい、聞けよ」と声が降ってきた。

 聞いてる。わたしが応えると、「だったら、顔を上げろ」なんて言ってくる。

 嫌だ。こいつの顔を見上げるのは悔しい。どうせ、整った顔をしている。冷ややかに目を細めて、わたしを見下ろしている。心のなかじゃ、「お前なんか相手にするのも面倒だ」と思っているくせに。

「おい!」

 声だけでイラ立っているのはわかる。どれだけこいつと一緒に過ごしてきたと思っているのだ。10年以上だ。そんじょそこらの彼女候補と一緒にするなと言いたい。

 だけど、わたしは簡単に顔を上げるつもりはなかった。負けたくないというよりかは、断られることに、びくびくおびえていた。

 まあ、強がりを言えば、床に頭をつけて頼みこんでくれるなら、考えてやってもいい。減るもんじゃないし。

「頼むから、顔を上げてくれ」

「へ?」

 驚いて、顔を上げてしまった。いつだって余裕で、わたしのやり取りの時にはものすごく意地悪で、そんなこいつが今にも泣きそうな顔をしている。何で?

「ここまでして、やっとかよ」

 額に、こいつの額がぶつかる。痛かった。でも、至近距離に整った顔がある。このまま顎を突き出したら、口が重なってしまう。

 離れたいのに、いつの間にか、腰に腕が回っている。ぎゅっと距離を詰められた。もしかして、びったりくっついていませんかね、わたしたち?

「一度だけ、素直になるからよく聞けよ」

「素直?」

 おそらく、こいつとは程遠いものだ。くっせつした人格しか持ち合わせていない。それなのに、「素直になる」とは。

「お前、おもしろすぎるんだよ。お前といると、何か、すげえ楽しい。掴み合いになって、バカみたいに言い合って。でも、お前が他の男の話をすると苦しくなるのは、きっと、おれはお前が……」

 らしくない言い方だった。ずっと、もぞもぞして、遠回りしている感じ。いつものこいつだったら、「うるせえ、黙って、おれとつき合ってみろ!」とか。「つき合ってやるよ、嬉しいだろ?」とか。偉そうに言ってくるだろう。わたしはそれを「やだよ、ふざけんな」、「誰があんたと」と返せたのだ。

 なのに、真面目な顔をして、「好きだ」なんて、許さない。許したくない。

「好きだ」

 突っぱねてしまえばいいのに。何で、できないのだろう。嬉しいなんて思うのだろう。

「全然、嬉しくない」苦し紛れに言ったら、「そんなゆるみまくった顔をして、か?」と、笑われてしまった。

「あんただって、笑ってるじゃん」

 バカみたいにはにかんでいるくせに。頬の赤さが耳や首にまで続いている。こいつは慌てて顔を手で抑えて、わたしから離れた。

「うるせえ、黙っておれとつき合ってみろ!」

「やだよ、ふざけんな」

 わたしはこいつのシャツに向かってつかみかかる。そして、胸板に頭突きしてから、しゃべるのもおっくうで唇を重ねた。

おわり


【『つかみかかって頭突きして』男視点】

 何で、こいつが好きなのか、俺にもわからない。

 ずっと、ちいさい頃から一緒だったくらいで、好きになるきっかけが、そもそもなかった。

 でも、いつからか、こいつがちいさくて可愛く見えた。乱暴で口が悪いのに、その中にあるこいつ自身が可愛くて仕方ない。

 もはや、恋というよりかは愛なのかもしれないが、こいつが他の男を見た瞬間、怒りがわくのは、きっと、そういうことなのだろう。

 だからって、今さら改まって「好きだ」なんて言えるわけがない。口を開けば喧嘩になる俺たちに、そんな隙はない。

 今だって同じくだりだ。俺が嫉妬して、その感情を隠しつつ、こいつに突っかかる。後はいつもみたいに「あんたなんか大嫌い!」「お互い様だ!」で終わるはずだった。それなのに、こいつがこんなこと言うから。

「他の男と違うなんて当たり前でしょ! わたしはあんたが好きなんだから!」

 はじめて回ってきたチャンス。これを逃したら次はない。俺はどうしたらいいか、必死に言葉を探した。

おわり

【『つかみかかって頭突きして』かゆい】

「好きだ」

 こそばゆい。全身がかゆい。

 言い合いの隙にそういうことを言うなと思う。

 口がゆるむ。どうしてくれるんだ。わたしはどうにか心音を整えようと、胸に手を当てた。言われっぱなしは悔しい。負けたくない。

「わたしだって、好きだし」

 目の前のこいつの顔が真っ赤に染まる。日に焼けても、赤いのってわかる。これくらいでいちいち照れるな。わたしにも言えるけど。

 そもそも何で言い合いになったんだっけ。確か、今日は部活もないからどこか行こうかってなって。それで。

「じゃあ、今日は俺んちな」

「はあ、何で?」

 さんざん行きまくったこいつの家に、いいものがあるとは思えない。あるとすれば、マンガがゲーム。ほとんど遊び倒したけど。

「……家に、誰もいないから」

 耳打ちとかやめてほしい。かゆいうえに、今は、心臓が痛い。

おわり

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