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欠点
わたしが所属する騎士団の団長は、背も高く、騎士じこみの鋼の肉体を持つ。押し黙った口元は、いつも結ばれていて、無駄口は叩かない。眉間のしわは常に取れなくて、瞼を伏せている姿さえ様になる。
女性、男性がらみの悪い噂も、聞いたことがない。どうやっても欠点が見つからない、そんな団長にわたしは憧れていた。
団長との出会いは8年前。酒場ドラブの娘として生まれたわたしは、父の手伝いをよくしていた。主に、食事を作るくらいの裏方だった。団長も酒場の常連さんで、その頃はお客さんの内のひとりでしかなかった。
そんなある日、たちの悪い連中に目をつけられた。難癖をつけられ、酒場を閉めろと脅迫をされた。どうも、地上げというものらしかった。
根も葉もない噂を流され、酒場は閑古鳥が鳴いた。そんな時、騎士団がたちの悪い連中を取り締まってくれたのだ。
父いわく、団長は「気にするな。俺が通いたいだけだ」といい、何の見返りも要求してこなかったという。
わたしはなんて、素晴らしい人だと思った。利益を考えず、人のために生きる。騎士の鑑だ。
そして、団長を見る目が変わった。団長のお酒を飲むしぐさをこっそり眺めたり、団長の注文のときには料理を豪華に盛った。ご本人は気づかれていなかったようだけれど。
同じ騎士になりたい。剣だけではなく、精神的にも人を助けたい。できれば、あごがれの団長のそばがいい。
その気持ちは日に日に強くなった。とうとう年齢が15になったとき、わたしは同じ騎士になることを決意した。
――あれから、5年が経った。ようやく騎士にはなれたものの、部隊の1部下に過ぎない。団長と顔を合わせる時間なんてほとんどないけれど、ただ、ある瞬間だけはお会いすることができる。
それは所属する部隊から預かった書類を団長室に届けるときだけだ。たった一瞬だとしても、憧れの団長に少しでも近づけるのは嬉しい。もったいないから、ゆっくりとした動作を心がけて机から離れる。次はいつ拝めるだろうか。
名残惜しく「失礼します」と退室しようと思ったら、「待て」と引き止められてしまった。あまりにも唐突で驚く。団長の顔を真正面から見てしまった。こんなことはありえなかった。いつも隠れて見るしかないのに。遠くの方で小さな表情を読み取るしかないのに、大分近い位置で拝むことができる。
ただ、そのままではいけない。戸惑いつつも、「な、何でしょう?」と問いかけた。これくらいは許されるだろう。
「お前、名は?」
短い言葉ばかりで理解するのに少し時間がかかったけど、おそらく名前を聞かれていると思った。待たせているのは忍びなく、慌てて名乗った。あと、あの酒場の娘です、と伝えたかったけれど、きっと覚えていないだろうと思えて口をつぐんだ。
「そうか。女だな?」
その質問には答えづらかった。確かに、髪の毛は任務に邪魔にならないように短くしているし、普段の言葉遣いも汚い。だから、女らしさも皆無である。同僚からも女と思われることもない。そんな傷を団長はえぐってきた。胸の傷を押さえつつ、「お、女です」と白状した。仕方ない認めるしかない。わたしは女だ。
「よし」
何がよしなのだろう。しかも、団長が笑っている。憧れの人から向けられた笑顔に頬が熱くなるのは許してほしい。
「お前と見合いがしたい」
「見合い? えーっと、それは結婚を前提にお付き合いするかどうかを決めるために顔を合わせることでしょうか」
「ああ、その見合いだ」
それには大きな疑問が立ちはだかる。なぜ、どうして、酒場の娘が騎士団の団長(お家柄もいいらしい)とお見合いなどしなければならないのか。顔よしお家柄もいいお嬢様と結婚されない団長が、わたしなど選ぶはずもない。つまりは、本気ではない。冗談だ。
「冗談はやめてください」
「冗談ではない。本気だ」
「あの、わたし、酒場ドラブの娘です」
これで察して欲しい。身分がどれだけ離れていると思うのだ。それを告げたら、団長の目が見開いて、中心が丸くなった。驚いている?
「まさか、あの酒場の娘か!」
「え、ええ、そうです」覚えてくれていたことが嬉しくて、声がうわずる。団長を前にしての失敗が恥ずかしくて、口に手を当てる。
「そ、そうか」
なぜか、団長は顔をうつむかせた。「あんなに小さかったのに、年を取るとはこういうことか」と丸まった背中には哀愁たっぷり。話が変な方向にいっていることに気づき、わたしは話を戻した。
「ですから、身分とかいろいろ、お見合いをするまでもないです」
「やはり、俺ではダメなのか」
「へっ?」
「妻をとり、子を育てるという暮らしは、俺には無理だと言うのか」
「そんな、無理だなんて。大丈夫ですよ。団長ならいくらでも」
「いや、無理だ」
「な、何でそんなにも悲観的なんですか?」
「俺は……ダメなんだ」
あの団長が弱音を吐いている。その事実に驚きつつも、なぜか、幻滅したとは思わなかった。団長がわたしに何か秘密を打ち明けようとしてくれている。そのことが嬉しいと感じていた。団長は視線をななめにそらしつつ、ぼそっと告げた。「女が苦手なのだ」と。
「え?」
でも、わたしが隠れて見てきた限りでは、群がる女性に失礼を働いたり、遠ざけようとする姿はなかった。確かに他の騎士のようにデレデレしていないで、いつも無表情だったけど。まさか、女性が苦手だなんて。
「この歳だ。騎士として女の扱いには慣れている。しかし……結婚となると話は別だ。ずっと、騎士でいられるはずもない。ひとりの男として女を前に何を話していいのかわからなくなる。握ったら潰れそうな細すぎる手も触れられない。化粧を施された顔も見られない。香水の匂いで吐き気を催す。お前ならばその心配はないだろう」
団長の見立ては正しい。確かにわたしの手は多少強く握られても大丈夫なくらい立派に育っている。化粧はまるで興味はないし、香水をつける予定もない。汗臭さは訓練を真面目に取り組んだ証拠だと思っている。だからって、安易にわたしを選んで欲しくない。かなり傷つくし。
「だからって、そんなの嫌です。女性が苦手だという理由で、女性だとは思えないわたしをお見合い相手に選ぶなんて、失礼です」
目の前にいるのが団長だとしてもはっきり言ってしまった。
「そうだな、お前の気持ちも考えずにすまなかった。見合いの話はなかったことにしてくれ」
やっぱり、わたしとお見合いなんてどう考えてもおかしかった。けれど、団長とお見合いしてお付き合いするところまで考えてしまったことはうっかりだった。
話が落ち着いたところで、そもそもの疑問がわく。
「あの、どうしてそう、女性が苦手になったのですか?」原因を知りたい。
「実はな、昔交際していた女からこっぴどく振られてな。『つまらない男』、『騎士バカ』、あと『手がゴツゴツして痛い』だったか、他にも……」
「そんな! 団長はつまらない男ではありません! 聞き上手なだけです。騎士バカ、大いに結構。仕事に熱心な姿は素敵です。それにこの手は……」
団長さんの大きな手を両手で触れる。手のひらは剣マメだらけで確かにゴツゴツしている。肌に触れる感じはいいものではないかもしれない。でも、この手は。
「団長の証です。王を守る立派な騎士の証です。憧れます」
「そうか……」
引かれてしまったか。そう思うと同時に、団長の手を握るという失態を犯した自分にようやく気づいた。
「し、失礼を!」慌てて離す。
「いや、嬉しかった。そして、決めたぞ」
「決めた?」
「ああ、またここに来てほしい。そして、俺の見合いがうまくいくよう指導してくれ!」
「へ?」
「お前は俺をよく理解してくれている。それならば、俺のダメなところも的確に見つけられるだろう」
幼い頃、わたしは団長のようになりたくて、彼の役に立てる人間になりたかった。でも、お見合いがうまくいくように指導するなんて違う気がする。断ろうと口を開いたら、団長の後頭部が見えた。
「頼む。お前だけが頼りだ」
頼られたって断りたくて仕方ない。だけど、机に額が当たるほど頭まで下げられて、断るなんてできない。それを知って頭を下げているとしたら、団長はずるい。わたしは一呼吸を置いて、「わかりました」と返事をした。
「ありがとう」
団長が無邪気に笑う。それだけでどくどくと心音が速くなってくる。手汗もびっしょりかいてきた。「い、いえ」なんて言葉も詰まる。緊張しているのだろう。誰かに憧れるなんて、やっかいなものでしかない。
「これからよろしく」
ましてや手を握るなんて。どうにか手汗を膝辺りで拭いとり、握手を返せた。こんな状態で大丈夫だろうか。不安だけが頭を占めていた。
おわり