SS
泣くなって
「また、泣いてんの?」
泣き虫は嫌いだ。本当に嫌い。
だけど、人の家の前で、背中を丸めて肩を震わせる姿を見て、さすがに無視はできない。だから、声をかけた。
「あいつ、他に男がいたんだ」
ぐすっと鼻水をすする――子どもか。あきれつつも話を聞いてやろうと、隣にしゃがみこむ。隣なら、崩れた横顔を見ないようにできるから、いいポジションだ。
「なるほど、他にねえ」
この男が選ぶ女は、みんな一癖あった。酒癖が悪かったり、この男の友達とできてしまったり、二股をかけていたり。
「今回は大丈夫だと思ったんだよ。なのに、俺といると疲れるから別れてくれって。今の男は、ちゃんとわたしをわかってくれてるって」
なるほど、この男も悪いのだ。好きになって、しばらく付き合い慣れると、自分の思い通りになってほしいと願う。自分ならば、その女を変えられると勘違いしてしまうのだ。実際は変えられるどころか、離れていってしまうのに。
わたしもこの男のことを強く言えない。ろくな人間じゃない。男が女に振られるたびに、内心じゃ、ホッとしている。
「彼女も人間でしょ。悪い部分があるのは仕方ないし。あんただって、泣き虫だし、どっちもどっち。うざいくらい真面目な、息苦しい生き物」
「生き物って、何だよ。俺だって、どこでも泣いているわけじゃない」
「泣いてる」頬に残った筋は涙を伝えている。
「ここでしか、泣いてない」
「へえ」本気にしてなかった。ところかまわず、誰かの前で泣いているんだろう。
「泣くのはお前の前だけだ……って」
勝手にひとりで言って、変な声を上げる。今さら、わたしの存在に気づいたみたいに、ゆっくりとこちらに顔を向けてくる。
「マジか?」わたしにたずねてきても、応えられない。
「嘘だろ?」
「人の顔を見ながら、一人芝居しないでくれる? 用がないなら帰って」面倒なことになりそうな気がして、わたしは速めに立ち上がった。
「おい、ちょっと、待ってくれって」
「何」
「いや、まさか、確信はないけど、その、お前の前だと泣けるらしい。つまり、心を許しているわけで」
「手近なところだからでしょ」わかりきっている。
「いや、俺、そんな泣かないから、感動の映画でも涙を堪えられるから!」必死になんなんだ。
「で、結局、何?」
「いや、その、まだわからない」
「面倒」と切り捨ててしまいたい。でも、そうしないのは、この男を相手にしているからなのか。
「あの、次会うときまでは、わかると思う」
「ふーん」
遅い、遅すぎる。わたしは大分前から、この男がもしや特別なんじゃないかと気づいていた。だけど、一方的に気づくのは負けを認めるようで嫌だった。この男が少しでもわたしに心を許してくれるのなら、自分の気持ちを認める。
「よーく考えれば」
今でも泣き虫は嫌いだ。わたしの心を無駄に揺さぶって困らせるからだ。
おわり