戦神王子と男装兵士
第9話
表面上は穏やかな時間もダニールにとっては苦痛だ。ノアの服も素早く取り払いたい。しかし、思わぬ抵抗があった。
「ダーナ様、実はその……」
ダニールはいら立っていた。いつもは可愛らしく思えるノアの戸惑う姿も、焦らされてきた男からすれば、不満しかない。
「ノア、不安か?」
「いえ、そうではなくて、あの、見ても驚かないでください。はじめに言っておきます。本当に申し訳ありません」
ノアは自らの服を足元に落とし始めた。まずは上着を脱いで、ズボンも足から抜く。
シャツ1枚になると、ダニールはたまらず喉を鳴らした。シャツを自分で脱がしてやりたいと手を伸ばすのだが、ノアは首を横に振った。
愛するノアに抵抗され、不満もあるが、ダニールはどうにか理性でこらえた。
暴かれていくシャツの胸元に釘付けとなる。しかし、少しずつ白い肌が見えてくるほどに、ダニールは目を丸くした。
なんと、ノアの胸元にはさらしが巻かれていた。さらしに押し潰された膨らみは、シャツが無ければ隠しようがない。ノアはさらしも取り払って、ダニールの頭を自分の胸元に押しつけた。
「ダーナ様、これが僕……わたしの秘密です。孤児が仕事を得るには、性別も隠さねばならなかったのです」
ノアの胸元に顔をうずめながら、ダニールは引き締まった背中を自分の腕のなかに閉じこめることしかできなかった。ノアが女性であったことに驚きつつも、さして意味はない。性別などの枠を越えて、ノアに惹かれたのだから。
「ごめんなさい」
「なぜ、謝る?」
「嘘をついていて」
「生きるためにそうするより他なかったのだろう。ならば、謝る必要はない。むしろ、これから、すべてを俺に見せてくれればいい。触れてもいいか?」
ダニールの理性は限界まで来ていた。すぐにでも押し倒してしまいたい。
「……はい」
すべてを受け入れ覚悟したノアの声に、ダニールは容易く理性を失った。
ランプの火が消えて寝室が暗闇に包まれても、ダニールはノアをかたく抱いて離さなかった。夜中、求めてもまだまだ足りない。しかし、ノアの身体を考えて、泣く泣くあきらめた。抱き締めて寝るだけにしている。
明日になれば離れなければならないのに、大変な恋をしてしまったものだ。早いところ隠居をしてノアとここで住みたいと考えていたが、彼女は許さないだろう。しかも、ダニールの部下になりたいと言っていた。
険しい道かもしれないが、成長する恋人を見守るのも楽しみだった。ノアならば、きっと、夢を実現できる。夜の目に慣れて浮かび上がるノアの輪郭に頬を寄せた。
「好きだ、ノア」
告げられた本人は何も知らず、ダニールの腕のなかで眠る。
「ん、ダーナ……ま」
またしても、ダニールは興奮しはじめたおのれに叱咤しながら、眠れない一夜を過ごした。
朝から、ローナは寝室の有様に悲鳴を上げた。寝室だけではない、談話室も皿や壺が割れてしまっている。しかも、ノアの裸を見たときのローナは気絶しそうなほどだった。「女性だったなんて」と何度も呟いたりした。
ノアは腰の痛みと戦いながらローナを手伝おうとするが、「無理はするな」とダニールに止められてしまった。しかも、ローナの目の前で深い口付けを交わす始末。ローナの血管はぶちぶちと切れた。
「もう勝手にしなさい!」
使用人にこれだけ言われてもダニールの顔はしまりがなかった。ノアにぴったりと貼りつき、隙あらば口付けを落とす気で満ちている。困るのはそんなダニールを前にして、ノアも悪い気がしていないことだ。さすがに、口付けの合間に怪しい手が首元を緩めてくるのには抵抗したが、それ以外は受け入れた。
甘くおろかな――ローナにはそう見える――ふたりの世界も終わりを迎える時が来た。身分はきっちりと2人の道を別けた。
ダニールは王子として馬車に乗りこみ、ノアは兵士として馬車を見送る。口付けも最後の言葉も屋敷のなかで済ませていた。
「ノア、ずっと愛している」
「わたしもあなたを愛し続けます、ダーナ様」
馬車に乗りこむ寸前、ダニールの瞳がノアに注がれた。まるで、もう一度その言葉を交わしたかのように時間が止まった。永く見つめていた気がする。だれかがダニールを馬車の中へと促すと、視線は一方的に途絶えた。
そして、ふたたび時間が流れて車輪は動きだす。舗装されているとはいえない、でこぼこ道を馬車を揺らしながら過ぎ去っていく。ノアは馬車をいつまでも見送りながら、これから迫る未来に目を向けていた。
表面上は穏やかな時間もダニールにとっては苦痛だ。ノアの服も素早く取り払いたい。しかし、思わぬ抵抗があった。
「ダーナ様、実はその……」
ダニールはいら立っていた。いつもは可愛らしく思えるノアの戸惑う姿も、焦らされてきた男からすれば、不満しかない。
「ノア、不安か?」
「いえ、そうではなくて、あの、見ても驚かないでください。はじめに言っておきます。本当に申し訳ありません」
ノアは自らの服を足元に落とし始めた。まずは上着を脱いで、ズボンも足から抜く。
シャツ1枚になると、ダニールはたまらず喉を鳴らした。シャツを自分で脱がしてやりたいと手を伸ばすのだが、ノアは首を横に振った。
愛するノアに抵抗され、不満もあるが、ダニールはどうにか理性でこらえた。
暴かれていくシャツの胸元に釘付けとなる。しかし、少しずつ白い肌が見えてくるほどに、ダニールは目を丸くした。
なんと、ノアの胸元にはさらしが巻かれていた。さらしに押し潰された膨らみは、シャツが無ければ隠しようがない。ノアはさらしも取り払って、ダニールの頭を自分の胸元に押しつけた。
「ダーナ様、これが僕……わたしの秘密です。孤児が仕事を得るには、性別も隠さねばならなかったのです」
ノアの胸元に顔をうずめながら、ダニールは引き締まった背中を自分の腕のなかに閉じこめることしかできなかった。ノアが女性であったことに驚きつつも、さして意味はない。性別などの枠を越えて、ノアに惹かれたのだから。
「ごめんなさい」
「なぜ、謝る?」
「嘘をついていて」
「生きるためにそうするより他なかったのだろう。ならば、謝る必要はない。むしろ、これから、すべてを俺に見せてくれればいい。触れてもいいか?」
ダニールの理性は限界まで来ていた。すぐにでも押し倒してしまいたい。
「……はい」
すべてを受け入れ覚悟したノアの声に、ダニールは容易く理性を失った。
ランプの火が消えて寝室が暗闇に包まれても、ダニールはノアをかたく抱いて離さなかった。夜中、求めてもまだまだ足りない。しかし、ノアの身体を考えて、泣く泣くあきらめた。抱き締めて寝るだけにしている。
明日になれば離れなければならないのに、大変な恋をしてしまったものだ。早いところ隠居をしてノアとここで住みたいと考えていたが、彼女は許さないだろう。しかも、ダニールの部下になりたいと言っていた。
険しい道かもしれないが、成長する恋人を見守るのも楽しみだった。ノアならば、きっと、夢を実現できる。夜の目に慣れて浮かび上がるノアの輪郭に頬を寄せた。
「好きだ、ノア」
告げられた本人は何も知らず、ダニールの腕のなかで眠る。
「ん、ダーナ……ま」
またしても、ダニールは興奮しはじめたおのれに叱咤しながら、眠れない一夜を過ごした。
朝から、ローナは寝室の有様に悲鳴を上げた。寝室だけではない、談話室も皿や壺が割れてしまっている。しかも、ノアの裸を見たときのローナは気絶しそうなほどだった。「女性だったなんて」と何度も呟いたりした。
ノアは腰の痛みと戦いながらローナを手伝おうとするが、「無理はするな」とダニールに止められてしまった。しかも、ローナの目の前で深い口付けを交わす始末。ローナの血管はぶちぶちと切れた。
「もう勝手にしなさい!」
使用人にこれだけ言われてもダニールの顔はしまりがなかった。ノアにぴったりと貼りつき、隙あらば口付けを落とす気で満ちている。困るのはそんなダニールを前にして、ノアも悪い気がしていないことだ。さすがに、口付けの合間に怪しい手が首元を緩めてくるのには抵抗したが、それ以外は受け入れた。
甘くおろかな――ローナにはそう見える――ふたりの世界も終わりを迎える時が来た。身分はきっちりと2人の道を別けた。
ダニールは王子として馬車に乗りこみ、ノアは兵士として馬車を見送る。口付けも最後の言葉も屋敷のなかで済ませていた。
「ノア、ずっと愛している」
「わたしもあなたを愛し続けます、ダーナ様」
馬車に乗りこむ寸前、ダニールの瞳がノアに注がれた。まるで、もう一度その言葉を交わしたかのように時間が止まった。永く見つめていた気がする。だれかがダニールを馬車の中へと促すと、視線は一方的に途絶えた。
そして、ふたたび時間が流れて車輪は動きだす。舗装されているとはいえない、でこぼこ道を馬車を揺らしながら過ぎ去っていく。ノアは馬車をいつまでも見送りながら、これから迫る未来に目を向けていた。