戦神王子と男装兵士
第8話
ダニールは気が気ではなかった。ローナとノアが話をしている。二人の間に変化が起きたのは気付いている。自分が危惧した方向――ローナとノアが甘い雰囲気を出す――と違うことは安心できるが、具体的な結果を知らないのは不安だった。
談話室で紅茶をすすりながら、ノアが来るのを待つ。ようやく二人きりになれるというのに、なぜこんなにも不安なのだろう。気に入りの紅茶の味もわからない。
ノック音が響いた。ダニールは、ノアが入るやいなや「ローナは帰ったのか?」と聞いた。
「はい、たった今」
「そうか」
吹っ切れたようなノアの表情に、了承したのか、断ったのか、どちらにとらえるべきかまだ決めかねる。
「ダーナ様」
ノアから話し掛けられている事実に心臓が飛び出しそうな驚きを感じながら、「どうした?」とたずねた。
「僕の話をしてもいいでしょうか?」
ノアが自分の話をしようとしている。その嬉しさに顔が緩みそうではあったが、どうにか平静を装いつつ、ダニールは「ああ、話せ」と了承した。
「僕は施設出身です。生まれてから両親の顔も知りません。でも、そのことで悲観したことはありません。多少の同情はありましたけれども、みんな良くしてくれました。
僕は、あなたにあこがれて兵士になりました。それでも能力も大してなくて、あなたの足元にも及ばない下級の兵士です」
ノアが告げようとしている。それはダニールにとって都合のいい言葉かもしれない。まだその予感はわずかなものだった。
「ですが、僕はあなたの下で働きたいです。少しでも僕に可能性があるのなら、強くなってあなたを守りたい。あなたが傷つくのを見たくないから、そばであなたを守りたいのです!」
ある意味、告白と言ってもよかった。ノア本人にもわかっていないのだろう。ダニールは努めて冷静を装って、震えるカップの手を下ろした。
「それは、俺のことが好きだと、そうとっていいのか?」
ダニールから好きであるかと問われ、ノアは自分の思考が緊急時に役に立たないことを改めて知った。
もともと頭の回転は遅くて、ローナに急かされるのはしょっちゅうだ。しかし、いつもは助けてくれるローナがいない。自分で乗り切るしかないのだ。批判されることに怯えながら、ノアは勇気を奮い立たせた。
「ぜひ、す、好きと解釈してくださって結構です。僕は、ずっと、あなたをお慕いしております」
ダニールの表情をうかがう勇気は残っていない。だが、逃げ出してはいけないと思った。答えがどうであれ、相手の気持ちが知りたい。ダニールの近づく気配がする。
「俺は病が治らなければよいと思った。永遠にお前とローナとここで過ごしたいと思った。しかし、ノア。お前は俺の病が治ることを知ると、うれしいと言った。泣くほど喜んでくれた。
俺は自分を恥じたよ。王子であることをすっかり忘れていたんだからな。ただ一人の男としてつまらないことを考えてしまった。ノアがそばにいてくれるなら、何もいらないと」
ダニールの言葉はノアの予想を大きく上回った。目を見開くしかできないでいると、端正な顔立ちが鼻先まで近づいていた。
「ノアは俺を王子ではない、ただの男にしてしまう。……好きだ」
ダニールの太い指がノアの腕を掴む。胸板に引き寄せられて、ノアは自分から広い背中に腕を回した。憧れていたたくましい身体に身を任せながら、抱かれた。
「ノア」
「ダーナ様」
2人の間に合図や断りは特に必要ない。顔を傾けたダニールがノアの唇を塞ぐ。唇のやわらかさを感じたのは一瞬のことだ。ダニールの筋肉質な手がノアの後頭部を支える。あとは激しく舌と舌がからみ、噛みつくような口付けが待っていた。
壁に追いこまれて、ダニールが手を払うと、棚に飾っていた皿や壺や床に落ちた。ダニールは舌で唇についた液をなめとると、悩ましげにため息を吐いた。
「風呂に行こうか」
ダニールはノアの膝の裏に腕を入れて、抱き上げた。
「あ、歩けます。だから、降ろしてください」
「いや、急いでいるのだ。早くノアが欲しい」
言葉の意味を問う必要はない。どれだけ鈍い性格でも直接欲しいと言われて、ノアは抵抗できなくなった。顔の赤さを悟られないようにダニールの首に腕を回した。
――今、駆け抜けている廊下は、どこの道よりも険しく遠い気がする。あまたの戦場をこなしてきたダニールでさえも、それを強く感じていた。
速く辿り着きたい焦りを覚えながら、抱き抱えた腕のあたたかみに理性がゆれる。
だが、ここで足を止めれば、欲望に負ける。ノアが嫌だと言っても床に押し倒してしまうかもしれない。それだけは避けたかった。
きちんと身体を清めて、自分を受け入れてもらうように準備をする。手筈はすでに整っている。ローナはその点、よく働いてくれた。
風呂場に入るなり、ダニールはノアを床に降ろした。その降ろし方は小動物を扱うように丁重だった。
「あ、ダーナ様、ちょっと」
ノアからの抵抗を受ける前に、ダニールは自ら裸になった。傷だらけの背中や腕をさらすのは気が引けるが、ノアにはすべてを見てもらいたい。隠すものはないようにしたい。だから、全裸になった。
「あ」と小さい声がもれる。ノアから同情の目を向けられるかと思いきや、丸い瞳はきらきらと輝いていた。泣いていたのだ。
「こ、これは、ダーナ様の生き抜かれた証、なんですね」
「痛々しいだろう」
「ええ、でも、やっぱりダーナ様です。僕が大好きなあなたです」
ノアは傷跡を愛おしむように指で触れながら、口付けを落としていった。どこでそんな誘い方を覚えたのかと内心思いながら、ダニールは表は紳士を装いつつ、金色の髪を撫でた。
ダニールは気が気ではなかった。ローナとノアが話をしている。二人の間に変化が起きたのは気付いている。自分が危惧した方向――ローナとノアが甘い雰囲気を出す――と違うことは安心できるが、具体的な結果を知らないのは不安だった。
談話室で紅茶をすすりながら、ノアが来るのを待つ。ようやく二人きりになれるというのに、なぜこんなにも不安なのだろう。気に入りの紅茶の味もわからない。
ノック音が響いた。ダニールは、ノアが入るやいなや「ローナは帰ったのか?」と聞いた。
「はい、たった今」
「そうか」
吹っ切れたようなノアの表情に、了承したのか、断ったのか、どちらにとらえるべきかまだ決めかねる。
「ダーナ様」
ノアから話し掛けられている事実に心臓が飛び出しそうな驚きを感じながら、「どうした?」とたずねた。
「僕の話をしてもいいでしょうか?」
ノアが自分の話をしようとしている。その嬉しさに顔が緩みそうではあったが、どうにか平静を装いつつ、ダニールは「ああ、話せ」と了承した。
「僕は施設出身です。生まれてから両親の顔も知りません。でも、そのことで悲観したことはありません。多少の同情はありましたけれども、みんな良くしてくれました。
僕は、あなたにあこがれて兵士になりました。それでも能力も大してなくて、あなたの足元にも及ばない下級の兵士です」
ノアが告げようとしている。それはダニールにとって都合のいい言葉かもしれない。まだその予感はわずかなものだった。
「ですが、僕はあなたの下で働きたいです。少しでも僕に可能性があるのなら、強くなってあなたを守りたい。あなたが傷つくのを見たくないから、そばであなたを守りたいのです!」
ある意味、告白と言ってもよかった。ノア本人にもわかっていないのだろう。ダニールは努めて冷静を装って、震えるカップの手を下ろした。
「それは、俺のことが好きだと、そうとっていいのか?」
ダニールから好きであるかと問われ、ノアは自分の思考が緊急時に役に立たないことを改めて知った。
もともと頭の回転は遅くて、ローナに急かされるのはしょっちゅうだ。しかし、いつもは助けてくれるローナがいない。自分で乗り切るしかないのだ。批判されることに怯えながら、ノアは勇気を奮い立たせた。
「ぜひ、す、好きと解釈してくださって結構です。僕は、ずっと、あなたをお慕いしております」
ダニールの表情をうかがう勇気は残っていない。だが、逃げ出してはいけないと思った。答えがどうであれ、相手の気持ちが知りたい。ダニールの近づく気配がする。
「俺は病が治らなければよいと思った。永遠にお前とローナとここで過ごしたいと思った。しかし、ノア。お前は俺の病が治ることを知ると、うれしいと言った。泣くほど喜んでくれた。
俺は自分を恥じたよ。王子であることをすっかり忘れていたんだからな。ただ一人の男としてつまらないことを考えてしまった。ノアがそばにいてくれるなら、何もいらないと」
ダニールの言葉はノアの予想を大きく上回った。目を見開くしかできないでいると、端正な顔立ちが鼻先まで近づいていた。
「ノアは俺を王子ではない、ただの男にしてしまう。……好きだ」
ダニールの太い指がノアの腕を掴む。胸板に引き寄せられて、ノアは自分から広い背中に腕を回した。憧れていたたくましい身体に身を任せながら、抱かれた。
「ノア」
「ダーナ様」
2人の間に合図や断りは特に必要ない。顔を傾けたダニールがノアの唇を塞ぐ。唇のやわらかさを感じたのは一瞬のことだ。ダニールの筋肉質な手がノアの後頭部を支える。あとは激しく舌と舌がからみ、噛みつくような口付けが待っていた。
壁に追いこまれて、ダニールが手を払うと、棚に飾っていた皿や壺や床に落ちた。ダニールは舌で唇についた液をなめとると、悩ましげにため息を吐いた。
「風呂に行こうか」
ダニールはノアの膝の裏に腕を入れて、抱き上げた。
「あ、歩けます。だから、降ろしてください」
「いや、急いでいるのだ。早くノアが欲しい」
言葉の意味を問う必要はない。どれだけ鈍い性格でも直接欲しいと言われて、ノアは抵抗できなくなった。顔の赤さを悟られないようにダニールの首に腕を回した。
――今、駆け抜けている廊下は、どこの道よりも険しく遠い気がする。あまたの戦場をこなしてきたダニールでさえも、それを強く感じていた。
速く辿り着きたい焦りを覚えながら、抱き抱えた腕のあたたかみに理性がゆれる。
だが、ここで足を止めれば、欲望に負ける。ノアが嫌だと言っても床に押し倒してしまうかもしれない。それだけは避けたかった。
きちんと身体を清めて、自分を受け入れてもらうように準備をする。手筈はすでに整っている。ローナはその点、よく働いてくれた。
風呂場に入るなり、ダニールはノアを床に降ろした。その降ろし方は小動物を扱うように丁重だった。
「あ、ダーナ様、ちょっと」
ノアからの抵抗を受ける前に、ダニールは自ら裸になった。傷だらけの背中や腕をさらすのは気が引けるが、ノアにはすべてを見てもらいたい。隠すものはないようにしたい。だから、全裸になった。
「あ」と小さい声がもれる。ノアから同情の目を向けられるかと思いきや、丸い瞳はきらきらと輝いていた。泣いていたのだ。
「こ、これは、ダーナ様の生き抜かれた証、なんですね」
「痛々しいだろう」
「ええ、でも、やっぱりダーナ様です。僕が大好きなあなたです」
ノアは傷跡を愛おしむように指で触れながら、口付けを落としていった。どこでそんな誘い方を覚えたのかと内心思いながら、ダニールは表は紳士を装いつつ、金色の髪を撫でた。