寝台の上の騎士
第4話
離れた方がいい。そう決めた翌日から、わたしは部屋の担当を代わりたいと申し出た。早くこうすれば良かったのだ。接点が無くなれば、同僚のメイドにいろいろ言われなくて済む。
わたしの申し出は簡単に了承されて、騎士との繋がりはぷっつりと蜘蛛の糸のように切れた。風の噂で騎士の怪我は治ったと聞いたけれど、わたしはもう二度と会わないものだと思っていた。
はずだったのに、目の前には騎士様の姿があった。仕事が終わり、部屋に直行しようとしていた時、薄暗い通路に騎士様がたたずんでいる。
ちゃんと騎士の制服に身を包んだ彼は不服そうににらみつけてきた。きっと、怒っている。本能的に逃げたものの、これは取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないか。後悔しつつ、一心に青い瞳を見つめ続けた。彼が歩くと距離が縮まる。
「怪我、治ったんですね」
「言いたいことはそれだけか? 逃げやがって」
「すみません」
報復されるかもしれないと、身構えたわたしの体が包みこまれた。まさか、騎士様に抱きしめられるなんて。長い腕がわたしの背中に回されても嫌じゃない。素直に言ってよいか迷う。
「言いたいことはちゃんと言え」
わたしの心を見透かしたように言うから、押し隠そうという抵抗を諦めた。
「ずっと、考えてみたんですけど……あなたのこと嫌いじゃないです」
好きというのは照れ臭くさかった。言ったとしたら、どの口が言ってんだよとつっこみたくなるだろう。騎士様がくれた言葉を思い出しては、もだえていた情けない日々が頭のなかに浮かんでくる。そのくらい好きだ。
「俺も嫌いじゃない」
綺麗な青い瞳に見つめられるのが好きだ。波のように穏やかな瞳が好きだ。
ずっと見ていると、探り探りに顔が近づいてくる。
「じれったいですね」
「前に叩かれたから」
「え、あれ、本当はくち……」
最後まで言えなかった。唇が重なる。遅れて瞼を伏せた。角度が変わり、深く深く侵食されていく。
噂に聞いていたものと違う。冷めた目で見ていた他人の口づけ。みんなどんな思いで好きな人と熱を交わしていたのだろう。感情が溢れてどうしていいのかわからない。ただ、ずっと、繋がっていたいと思う。
顔を離せば、自然と瞼を開いてもいいとわかる。
「好きなくせに」
「ああ、好きだ」
そんなふうに返されるなんて思っていなかった。だから、何にも言えなくて。
「お前は?」
「ええ、好きですよ!」
と、なかば、すさんだ気持ちで叫ぶ。たったそれだけで騎士様の不安そうな顔は、直視するのがきついくらいの素敵な笑顔に変わった。
包帯のとれた手のひらがわたしの手を包む。そのまま騎士様は片膝をついて、わたしの手の甲に口づけを落とした。
「なってくれるか、俺の嫁さんに?」
「ええ、もちろん」
切れたはずの蜘蛛の糸が強く結びついて、しっかりとしたものに変わった気がした。
おわり
離れた方がいい。そう決めた翌日から、わたしは部屋の担当を代わりたいと申し出た。早くこうすれば良かったのだ。接点が無くなれば、同僚のメイドにいろいろ言われなくて済む。
わたしの申し出は簡単に了承されて、騎士との繋がりはぷっつりと蜘蛛の糸のように切れた。風の噂で騎士の怪我は治ったと聞いたけれど、わたしはもう二度と会わないものだと思っていた。
はずだったのに、目の前には騎士様の姿があった。仕事が終わり、部屋に直行しようとしていた時、薄暗い通路に騎士様がたたずんでいる。
ちゃんと騎士の制服に身を包んだ彼は不服そうににらみつけてきた。きっと、怒っている。本能的に逃げたものの、これは取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないか。後悔しつつ、一心に青い瞳を見つめ続けた。彼が歩くと距離が縮まる。
「怪我、治ったんですね」
「言いたいことはそれだけか? 逃げやがって」
「すみません」
報復されるかもしれないと、身構えたわたしの体が包みこまれた。まさか、騎士様に抱きしめられるなんて。長い腕がわたしの背中に回されても嫌じゃない。素直に言ってよいか迷う。
「言いたいことはちゃんと言え」
わたしの心を見透かしたように言うから、押し隠そうという抵抗を諦めた。
「ずっと、考えてみたんですけど……あなたのこと嫌いじゃないです」
好きというのは照れ臭くさかった。言ったとしたら、どの口が言ってんだよとつっこみたくなるだろう。騎士様がくれた言葉を思い出しては、もだえていた情けない日々が頭のなかに浮かんでくる。そのくらい好きだ。
「俺も嫌いじゃない」
綺麗な青い瞳に見つめられるのが好きだ。波のように穏やかな瞳が好きだ。
ずっと見ていると、探り探りに顔が近づいてくる。
「じれったいですね」
「前に叩かれたから」
「え、あれ、本当はくち……」
最後まで言えなかった。唇が重なる。遅れて瞼を伏せた。角度が変わり、深く深く侵食されていく。
噂に聞いていたものと違う。冷めた目で見ていた他人の口づけ。みんなどんな思いで好きな人と熱を交わしていたのだろう。感情が溢れてどうしていいのかわからない。ただ、ずっと、繋がっていたいと思う。
顔を離せば、自然と瞼を開いてもいいとわかる。
「好きなくせに」
「ああ、好きだ」
そんなふうに返されるなんて思っていなかった。だから、何にも言えなくて。
「お前は?」
「ええ、好きですよ!」
と、なかば、すさんだ気持ちで叫ぶ。たったそれだけで騎士様の不安そうな顔は、直視するのがきついくらいの素敵な笑顔に変わった。
包帯のとれた手のひらがわたしの手を包む。そのまま騎士様は片膝をついて、わたしの手の甲に口づけを落とした。
「なってくれるか、俺の嫁さんに?」
「ええ、もちろん」
切れたはずの蜘蛛の糸が強く結びついて、しっかりとしたものに変わった気がした。
おわり