寝台の上の騎士

第3話

 ある日、故郷から手紙が来た。「そろそろお前も年頃だろう。結婚を考えてはどうか」という父親からの手紙だった。

 まあ、わたしも考えてはいる。部屋に帰ったら、速攻で服を脱いで、寝台の上で大の字になっているわたしでも、結婚は考えている。大体、18歳だし、周りも騎士や何かと結婚しているし、うかうかしていたら、すぐに行き遅れと言われてしまうのだ。

 周りから行き遅れにされると、こういう手紙も届かなくなるのだと、知り合いのお姉さんが愚痴をこぼしていた。

「結婚かぁ」

「何だ?」

 ここがあいつの部屋だと忘れていた。頭のなかが「結婚」について占領されていて、思わず呟いてしまった。あんまり話したくないけれど、今日の騎士様は何だか偉そうじゃなかった。読書の手を止めて、心配そうに見ている……気がした。

「いや、故郷から手紙が届いて、早く身を固めろとかうるさいんですよ。でも、わたしも18だし、いろいろ考えなきゃなあと。それで『結婚かぁ』と呟いたわけです」

「なるほどな」

 案外、普通の反応に驚いた。「お前の結婚など興味がない」と切り捨てられるかと思っていたから、どう返したらいいのかわからなかった。

「俺も母上がうるさくてな。騎士だった父は戦いで死んだ。それから、俺もこんな怪我を負ったから、母上はいっそう心配している。だから、『早くお嫁さんを見つけて後継ぎを産んでもらいなさい』とうるさいんだ」

 青い瞳は波のように穏やかだった。これだけ見ると、人をいびるような人物には思えない。きっと、寝言まで出てしまうほどにお母様を大事にしているのだろう。

「それじゃあ、怪我が治ったら、お嫁さんを見つけたらどうですか?」

「ああ、そのつもりだ」

 騎士様がはじめて笑った。わたしの前で屈託なく、歯を見せた騎士様に胸が苦しくなる。何だ、これ。全身が熱いんですけど。持ったほうきの柄に汗が染みこむのがわかるんですけど。胸が苦しくて、「あ、う」とか、こぼした息まで熱い気がする。

 しかも、怪我が治ったら、お嫁さんを探すって言った。そんなところが引っかかって胸がもやもやする。何でこんな嫌な気分なんだろう。うつむきかげんで考えに浸ったら、包帯に包まれた手がわたしの頬に触れる。

 ほら、後輩のメイドの子に言っていたじゃないか。男のされるがままはダメだって。甘い言葉に簡単に乗っちゃダメだって。

 なのに、わたしもいざとなったら何にもできない。この男に触られるのが嫌じゃないから、抵抗できない。青い瞳に吸いこまれていくのも嫌じゃなかった。むしろ、嬉しくて困る。

 勢いで瞼を下ろしたものの、このまま相手の雰囲気に流されるのは、わたしじゃないと思う。今まで生きてきて、恋愛の熱で頭をやられることもなかった。これまでもこれからも変わらない。わたしはそいつの頬を叩いていた。

「いってえ」

 痛いことをやっているのだから当たり前だ。わたしはできるだけ冷ややかに見えるように目を細めた。

「何をしようとしているんですか?」

「何って……」

「好きでもない女に口づけなんて、お母様が泣きますよ」

 「お母様」には弱いだろうと思って、話に出した。自分で「好きでもない女」とか言って胸が苦しかったけれど、気づかないふりをした。

「はあ? 誰がお前に口づけなんてするか。ここに泥がついているだけだ」

「へ?」

 頬に泥? わたしは思わず指で顔を拭う。

「ああ、落ちた。18にもなって頬に泥をつけて、結婚は当分、無理じゃないか?」

 自覚がある分、嫌味がきつい。口づけされるかもと思ってしまった自分が恥ずかしい。その恥ずかしさと情けなさとで、思い切りにらみつけてやる。騎士は笑った。

「だから、俺がもらってやる」

 この言葉が頭に入ってくるまで大分、時間がかかった。だけど、意味がわからないほど鈍感ではない。というか、からかっているだけでしょ。

「遠慮します」

「遠慮するなよ」

「嫌いなんで」

「大事にする」

「ほー」

「母上の次にな」

 わたしより、こいつのほうが結婚は遠いだろう。

「期待しないでおきますね」

 その時は聞き流すように言ったけれど、本当は胸の奥が騒がしかった。信じるなと思うのに、にやけてしまいそうになる。自分らしくない自分を見るのが嫌だった。これ以上、深入りしてはダメだと思った。
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