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白馬と姫(51~100)

第87話『唯一の異性』

 診療所は住宅街のなかでひっそりと建っていた。どこにあるのか、話は聞いていたものの、サディアスがいなければ、迷いこんでたどり着けなかっただろう。そういうところは頼りになる存在だ。

 診療所のドアをノックすれば、すぐに髭面が現れた。サディアスを治してくれたお医者さんだ。お医者さんは目を見開いたあと、髭をたくわえた口元を上げた。笑っている。

「おー、薬が効いたようだな。どうだ、体の調子は?」

「何ともない。あんたのおかげだ、礼を言う」

「いいや、俺に礼を言うよりも、お嬢ちゃんの看病のおかげだろう。倒れたお前さんを見るお嬢ちゃんは何とも切なげでなあ、何度、こう、抱き締めたくなったことか」

「もう、やめてください!」

 この医者は、口を開けばセクハラまがいのことしか言わない。だからいつでもマージさんに怒られているのだ。ちなみに髭面をしているため、かなり歳上に見えるが、実際は40前半らしい。わたしにしてみれば、お父さん世代だ。

 そんなセクハラまがいの医者だけど、「まあ、がんばれや」とわたしの頭をぽんと叩いた手つきに、不覚にも泣きそうになった。髭面に似合わない絶妙なぽんだった。

 診療所を後にして路地裏を歩いていると、何を思ったのか、サディアスが吹き出した。口元は隠しているけど笑っているはずだ。どうせ、ろくでもないことだろうと予想はついた。

「異性に好かれて良かったな」

「こんなの好かれたうちに入らないから!」

「そうか、それは残念だな。お前を好む唯一の異性だったかもしれんのに」

「何で、あのおじさんが唯一の異性なのよ! それにわたしにはクラウスさんがいるし!」

 サディアスの足が突然、止まる。あまりに突然だったから、わたしが数歩前に出てしまうかたちになった。

「お前とクラウスが?」

「何よ、悪いの?」

「いや」

 めずらしくサディアスの口がもごもごしている。「お前とクラウスが釣り合うわけないだろう」とか、「自分の容姿をわきまえろ」とかひどい言葉を浴びせられると思ったんだけど、違った。こちらの調子が狂ってしまう。

「べ、別に、恋人だとかそんなんじゃなくて、わたしの一方的な片想いだから」

「そうか」

 だから、何で反論してくれないのだろう。「それはそうだ。あの副団長殿がお前を選ぶわけがないだろう」とか、「せいぜい片想いをこじらせてろ」とか、言ってくれないといつもの調子が出ない。わたしも「う、うん」とうなずいてしまって、気まずさの段階がまた上がった。
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Clap