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白馬と姫(51~100)

第65話『豹変』

 日差しを受けた血の混じった白い髪と、こちらを一心に見つめる瞳。二度と会うことはないと思っていたのに、今、目の前で傷だらけの姿で立っている。きっと、その傷は熊と戦ってできたものだろう。

 わたしは傷が心配で駆け寄ろうとした。だけど、一歩進む前にクラウスさんが動き出す。わたしの腕を掴んだかと思うと、分厚い胸板に引き寄せられた。体を縛りつけるように強く抱き締めてくる。

 ――ちょっと、クラウスさん! こんなに男の人と体が密着したのははじめてだ。服ごしでも、筋肉が程よくついたたくましい腕なのはわかる。全身が緊張で熱くなってきた。

「良かった、間に合いました」

 この声もまずい。かすれた声が頬の横にかかると耳たぶが熱を持ってくる。切実に離してほしい。

「国王の犬がなぜ、助けた? そして、なぜ、ここにいる?」

「サディアス、お前こそなんということをしてくれたのだ。ミヤコ様をこんな危険な目に合わせて」

 見上げてみると、いつもは優しいはずの瞳はかつてないくらい険しかった。彼の黒い瞳はサディアスをにらみつけている。腕のなかとは違い、その瞳の奥は冷ややかに見えた。

「別に、俺のせいじゃない」

「お前がミヤコ様をそそのかして連れ去ったのだろう?」

 それだけは間違いだった。

「違います! わたしの意志でサディアスについてきたんです!」

「ミヤコ様、この男をかばい立てする必要はないのですよ」

 違うと首を振った。サディアスをかばうわけじゃない。だって、本当についていきたかったからここにいる。わたしは胸板を強く押して、クラウスさんから距離をとった。とにかく負けないように顔を上げる。

「だから、森のなかに戻れと言っても無駄です。わたしはもう神子じゃありませんし、クラウスさんとは何の関係もありませんから!」

 言っていて何でこんなに胸が痛むんだろう。息をするのが苦しい。それなのに、見上げたクラウスさんの表情のほうが苦しそうだった。

「……わたしは」

 クラウスさんが話す。小さくて聞き取りにくい声だ。うっかりして聞き逃さないように、わたしは耳だけに集中した。

「できれば、あなたを森の外に出したくはなかった。あなたをずっとお守りしたいと思っていました」

 なぜ、そんなに悲しそうな目をしているんだろう。

「でも、結局は守れない。わたしはどちらかを選ぶしかないのです。あなたはもう神子様ではない?」

「は、はい、たぶん。神子じゃありません」

「それでは、わたしは神子様ではなく、あなたをお守りすることにします」

「わ、わたしを?」

「ええ、ずっと、お守りいたします」

「ヴォルグフート副団長、あんたそれでいいのか? ニーナ姫との婚約はどうするんだ?」

 サディアスがすかさず、不機嫌そうな声で攻め立てる。結構、いい感じだったのに邪魔しないでよ。そう思ったところで、聞き捨てならない言葉を拾った。

 ――ええっ! クラウスさんってニーナさんと婚約していたの!
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