白馬と姫(1~50)

第35話『久しぶりの暖かさ』

 来ないでほしいと強く願ったとしても、時間は勝手に過ぎさってしまう。逆に、願えば願うほどに早く過ぎていくような気がするのは、わたしだけなのかなと思う。

 時間の流れには逆らえずに、問題なく今日をむかえる。わたしは異世界の神子になる。

 今朝はいつもより起きる気がしなくて、ベッドの上でごろごろしていたら、やってきたマリアさんに怒られてしまった。

「神子様。いつまでそうしていらっしゃるつもりですか? これからクラウス様がお迎えにいらっしゃるのですよ。ずっと、そのような格好でおられるつもりですか」

 クラウスさんの話を持ち出されると、弱い。あの笑顔に会いたかったし、会えてもこんなネグリジェみたいなぴらぴらの服じゃ恥ずかしい。

 頭までかぶっていた布団を下にずらして、マリアさんの顔をのぞいてみる。若干、つり上がった目がわたしを見ていた。

「マリアさん、ずるいです」

「あら? そうですか?」

「だって、クラウスさんの話を出されたら、起きるしかないじゃないですか!」

 体を起こしたら、マリアさんはガラスの水差しでグラスに水を注いでくれた。しぶしぶグラスを受け取って水で喉をうるおしたら、ちょっとだけ気持ちが軽くなった気がした。

 今日の服はアイボリー色の神子服。手や足は見えないように隠さなくてはならないし、足も裸足じゃないとダメ。それだけでも校則より厳しいルールだと思うのに、頭からすっぽりとヴェールをかぶらないといけない。

 これが結婚式の花嫁さんみたいに透き通るようなヴェールだったらいいのに、細かい網みたいなものなんだ。アクセサリーも首とつくもの(首とか手首とか足首とかそういうもの)にだけ、身につけるのを許されている。

 着替え終わって椅子に腰をかけた。そうしたら、ノックの音がした。わたしが応えると、そばにひかえていたマリアさんが扉を開いてくれる。すぐに正装をしたクラウスさんが入ってきた。

 ヴェールごしだったけど、久しぶりに見るクラウスさんのあたたかい笑みにホッとした。騎士団の制服姿に、思わず見とれてしまいそう。

 ボーッとしたわたしに「ミヤコ様?」と顔を近づけてくるので、慌てて目線を下に移した。

 ヴェールでそんなに表情はわからないかもしれないけど、顔が熱っぽい。

 だけど、あんまりうつむいていていたらクラウスさん心配するだろうし、正面に戻すことにした。戻したときにはマリアさんに教わった淑女のたしなみ、愛想笑いを使ってみた。

「あら、クラウスさん。おひさしぶりです。ごきげんいかがですか?」

「ええ、調子はとてもいいですよ。ミヤコ様にお会いできて、本当に嬉しいです」

「え?」

 うわ。せっかく淑女のたしなみを使ったのに、すっかりはがれ落ちた。きっと今のわたしは間抜けな顔をしている。

 本当にクラウスさんってさらっと女の子が嬉しがることを言ってくれる。持ち上がった気持ちを落ち着かせるのが大変なくらい。これはお世辞だから舞い上がっちゃダメ。

「行きましょう」

「は、はい」

 クラウスさんはわたしの手をとって、引き上げてくれる。久しぶりの感覚に、何だか体がぽかぽか熱くなってきて、せめて手汗をかきませんようにと祈った。
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Clap